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二章
17、着付けてちょうだい
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静生が寝間着を着せつけてくれた後で、お名前は存じ上げないけれど、昨日の禰宜さんが朝食とたとう紙に包まれた着物を持ってきました。
つんとする那夫塔林のにおいは、防虫剤でしょうか。
小さな小屋の中は鼻を衝くにおいの所為で、運んでくださった粥の味もよく分かりません。
「本当なら最後の食事は豪勢な物か、或いはお好きな甘味でも用意できればよかったのですが」
「いえ、いいのよ」
「ですが……心残りがあっては」
真顔で心配する禰宜さんの様子を見て、わたくしは苦く微笑みました。
そうね、化けて出てこられたら困るわね。
たとえ雨が止んでも、人身御供の娘の恨み言が聞こえるなんて、そんな怪談が生まれたら大変ですものね。
でも、食べ物が心残りなんてなくってよ。
あるとすれば、静生ともう会えなくなること。彼がわたくしを失った後、空虚な心を抱えて生きて行かなければならないこと。
冨貴子という人間がいたことを、本当は忘れてほしくはないけれど。彼の心を縛ってしまえば、静生は一生幸せになれない。
それは嫌。
だから、わたくしのことは……ただ命日に思い出してくれればいいの。ええ、年に一度。それだけならいいでしょう?
簡単な朝食を取り終えたわたくしは、たとう紙を開きました。
予想通り、中には白装束が入っています。肌襦袢も襦袢も足袋も帯紐も、帯もすべて白。
「これが泥にまみれるのかしら、それとも血にまみれるのかしら」
ぽつりと零した言葉に、わたくしははっとしました。静生に聞かせるべき言葉ではなかったわ。
ですが静生は何も聞かなかったかのように、黙って着物を取りだしています。
わたくしは寝間着の帯紐を解いて、するりと床に落としました。さっきまでずっと肌を見られていたというのに、下着である腰巻姿になるのは恥ずかしくて。
思わず、静生に背中を向けてしまったの。
「着付けができませんよ?」
「え、ええ」
肩に掛けられた襦袢に、わたくしは手を通します。しゃがみこんだ静生が、腰紐を締めてくれて。「苦しないですか?」なんて問いかけてくるから。
ええ、苦しいの。あなたとこれが最後になることが。
その泣き言は飲み込んだはずなのに。
気付けば、わたくしは静生の頭に抱きついていました。
「離してくれないと、ほんまに着付けができませんよ?」
ええ、ええ。ちゃんと分かっているの。でも、怖さよりも寂しさが勝って。
あなたの匂いも温もりも、少し硬い髪の感触もすべて覚えていたくって。
静生……静生。
あなたはわたくしを忘れてね。でも、わたくしは覚えているわ。意識が失われ、命が消えるその時を迎えても……ずっと、ずっと。
「冨貴子さん」
静生は、とても慈しむようにその名前を呼んで、白い襦袢しかまとっていないわたくしを、座ったまま抱きしめてくれたの。
お腹の辺りに彼の顔が触れて、わたくしも彼の頭を抱き返して。
このまま時が止まってしまえばいいのに……そう願う事しかできませんでした。
つんとする那夫塔林のにおいは、防虫剤でしょうか。
小さな小屋の中は鼻を衝くにおいの所為で、運んでくださった粥の味もよく分かりません。
「本当なら最後の食事は豪勢な物か、或いはお好きな甘味でも用意できればよかったのですが」
「いえ、いいのよ」
「ですが……心残りがあっては」
真顔で心配する禰宜さんの様子を見て、わたくしは苦く微笑みました。
そうね、化けて出てこられたら困るわね。
たとえ雨が止んでも、人身御供の娘の恨み言が聞こえるなんて、そんな怪談が生まれたら大変ですものね。
でも、食べ物が心残りなんてなくってよ。
あるとすれば、静生ともう会えなくなること。彼がわたくしを失った後、空虚な心を抱えて生きて行かなければならないこと。
冨貴子という人間がいたことを、本当は忘れてほしくはないけれど。彼の心を縛ってしまえば、静生は一生幸せになれない。
それは嫌。
だから、わたくしのことは……ただ命日に思い出してくれればいいの。ええ、年に一度。それだけならいいでしょう?
簡単な朝食を取り終えたわたくしは、たとう紙を開きました。
予想通り、中には白装束が入っています。肌襦袢も襦袢も足袋も帯紐も、帯もすべて白。
「これが泥にまみれるのかしら、それとも血にまみれるのかしら」
ぽつりと零した言葉に、わたくしははっとしました。静生に聞かせるべき言葉ではなかったわ。
ですが静生は何も聞かなかったかのように、黙って着物を取りだしています。
わたくしは寝間着の帯紐を解いて、するりと床に落としました。さっきまでずっと肌を見られていたというのに、下着である腰巻姿になるのは恥ずかしくて。
思わず、静生に背中を向けてしまったの。
「着付けができませんよ?」
「え、ええ」
肩に掛けられた襦袢に、わたくしは手を通します。しゃがみこんだ静生が、腰紐を締めてくれて。「苦しないですか?」なんて問いかけてくるから。
ええ、苦しいの。あなたとこれが最後になることが。
その泣き言は飲み込んだはずなのに。
気付けば、わたくしは静生の頭に抱きついていました。
「離してくれないと、ほんまに着付けができませんよ?」
ええ、ええ。ちゃんと分かっているの。でも、怖さよりも寂しさが勝って。
あなたの匂いも温もりも、少し硬い髪の感触もすべて覚えていたくって。
静生……静生。
あなたはわたくしを忘れてね。でも、わたくしは覚えているわ。意識が失われ、命が消えるその時を迎えても……ずっと、ずっと。
「冨貴子さん」
静生は、とても慈しむようにその名前を呼んで、白い襦袢しかまとっていないわたくしを、座ったまま抱きしめてくれたの。
お腹の辺りに彼の顔が触れて、わたくしも彼の頭を抱き返して。
このまま時が止まってしまえばいいのに……そう願う事しかできませんでした。
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