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二章
19、身代わり
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「冨貴子さん……家に戻られたら旦那さまに一部始終をお伝えください」
嫌よ、白装束を着ているのはわたくしなのよ。
静生に生贄の権利なんてないわ。
「俺の最期を見届けるのはおつらいでしょうが。きっと時が癒してくれます」
「いや……いやよ」
いつの間にか地面に落ちた傘が、風に吹かれて転がっていきました。
吹き降りの雨。遠雷が聞こえます。
「我儘を仰らないでください。もう子どもではいらっしゃらないのですから」
嫌よ。いつもみたいに、柔らかな言葉で喋って。そんな風に諦めて去って行かないで。
「では、山藤のお嬢さまは外でお待ちください。中には入らぬよう。危険ですから」
宮司さんに伴われて、静生は縄の向こう……結界へと入っていきます。
「嘘よ……やめて」
「お辛いでしょうが、受け入れてください」
そう言ったのは禰宜さんだった。傘をさしていない彼もまた雨に濡れそぼり、沈痛な面持ちを浮かべていた。
「生贄の任を負う山藤の家は、家督を守る為に妾に産ませた子を贄として差し出すことが続きました。もう随分と昔のことですが。先々代、先代とそれが続き。山神の荒ぶる怒りが今に繋がっているのです」
「おじいさまや、ひいおじいさまがそれを?」
「はい」と禰宜さんはうなずきました。濡れた毛先から、ぼたぼたと水が滴っています。わたくしの白装束も、神職の着物や袴も、体に張りつくほどです。
「遠縁と言っていますが。彼は現ご当主の甥、あなたにとても近しい立場です。幼い従妹であるあなたが生贄となる日まで守る為の、護衛そして見届け人です。そして、あなたにもしものことがあれば、生贄の代役となるのです」
知らない、そんなこと。聞いていないもの。
……ええ。聞いているはずがないわ。
だってわたくしが知れば「身代わりになんてならないで」と静生を止めるもの。
静生はすでに筵の上で正座して、まるで罪人のように上体を下げて首を前に出しています。
彼の背を叩く激しい雨。
宮司が、祭壇から刀を取り、一礼します。
「今は古き江戸の頃ではないのです。こんな……人柱を求めるようなやり方はこれで終わりにしなければならない。だからこそ、山神と契約を交わした山藤の血が必要なのです」
違う。そんなの違うわ。
わたくしは、濡れた袖を翻し、裾をからげて駆けだしました。
「お嬢さまっ! 何を」
分かっているのでしょう? 禰宜さん、あなたもこれは間違っているって思っているのよね。だからわたくしを拘束することもなかった。
榊の間を繋ぐ縄と紙垂を乗り越えて、わたくしは結界へと入り込みました。
半ば鞘を抜いた宮司が、目を丸くして金縛りにあったかのように動きを止めます。
振り返る静生が、わたくしを瞠目しました。
ええ、だって尻餅をついた宮司から、わたくしは刀を取り上げたんですもの。
「山神に申し上げます。正当な贄は、このわたくし。山藤冨貴子。我が血の対価として、花を植物を腐らせる雨を止ませ、この地に豊穣をお約束ください」
降る雨の音にも負けぬほどに、声を張り上げます。
「駄目だ、冨貴子。やめるんだ」
静生が手を伸ばしてくるのが、不思議なほどにゆっくりと見えました。
だめよ、もう決めたの。
わたくしはあなたの主でしょう? 出し抜いてはいけないわ。
そうしてわたくしは、自分の首を刃で切りつけました。
嫌よ、白装束を着ているのはわたくしなのよ。
静生に生贄の権利なんてないわ。
「俺の最期を見届けるのはおつらいでしょうが。きっと時が癒してくれます」
「いや……いやよ」
いつの間にか地面に落ちた傘が、風に吹かれて転がっていきました。
吹き降りの雨。遠雷が聞こえます。
「我儘を仰らないでください。もう子どもではいらっしゃらないのですから」
嫌よ。いつもみたいに、柔らかな言葉で喋って。そんな風に諦めて去って行かないで。
「では、山藤のお嬢さまは外でお待ちください。中には入らぬよう。危険ですから」
宮司さんに伴われて、静生は縄の向こう……結界へと入っていきます。
「嘘よ……やめて」
「お辛いでしょうが、受け入れてください」
そう言ったのは禰宜さんだった。傘をさしていない彼もまた雨に濡れそぼり、沈痛な面持ちを浮かべていた。
「生贄の任を負う山藤の家は、家督を守る為に妾に産ませた子を贄として差し出すことが続きました。もう随分と昔のことですが。先々代、先代とそれが続き。山神の荒ぶる怒りが今に繋がっているのです」
「おじいさまや、ひいおじいさまがそれを?」
「はい」と禰宜さんはうなずきました。濡れた毛先から、ぼたぼたと水が滴っています。わたくしの白装束も、神職の着物や袴も、体に張りつくほどです。
「遠縁と言っていますが。彼は現ご当主の甥、あなたにとても近しい立場です。幼い従妹であるあなたが生贄となる日まで守る為の、護衛そして見届け人です。そして、あなたにもしものことがあれば、生贄の代役となるのです」
知らない、そんなこと。聞いていないもの。
……ええ。聞いているはずがないわ。
だってわたくしが知れば「身代わりになんてならないで」と静生を止めるもの。
静生はすでに筵の上で正座して、まるで罪人のように上体を下げて首を前に出しています。
彼の背を叩く激しい雨。
宮司が、祭壇から刀を取り、一礼します。
「今は古き江戸の頃ではないのです。こんな……人柱を求めるようなやり方はこれで終わりにしなければならない。だからこそ、山神と契約を交わした山藤の血が必要なのです」
違う。そんなの違うわ。
わたくしは、濡れた袖を翻し、裾をからげて駆けだしました。
「お嬢さまっ! 何を」
分かっているのでしょう? 禰宜さん、あなたもこれは間違っているって思っているのよね。だからわたくしを拘束することもなかった。
榊の間を繋ぐ縄と紙垂を乗り越えて、わたくしは結界へと入り込みました。
半ば鞘を抜いた宮司が、目を丸くして金縛りにあったかのように動きを止めます。
振り返る静生が、わたくしを瞠目しました。
ええ、だって尻餅をついた宮司から、わたくしは刀を取り上げたんですもの。
「山神に申し上げます。正当な贄は、このわたくし。山藤冨貴子。我が血の対価として、花を植物を腐らせる雨を止ませ、この地に豊穣をお約束ください」
降る雨の音にも負けぬほどに、声を張り上げます。
「駄目だ、冨貴子。やめるんだ」
静生が手を伸ばしてくるのが、不思議なほどにゆっくりと見えました。
だめよ、もう決めたの。
わたくしはあなたの主でしょう? 出し抜いてはいけないわ。
そうしてわたくしは、自分の首を刃で切りつけました。
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