27 / 257
一章
26、夕餉【2】
しおりを挟む
お行儀が悪いですけど、わたしはお膳の向きを反対側に変えました。
そうすれば、蒼一郎さんに背中を向けつつ、おいしい食事を味わうことができるんだもの。
意味ありげな笑みを浮かべている蒼一郎さんの顔を見ながらだと、味も分からなくなってしまいますからね。
塩味だけの簡単な味付けで焼いた鯛は、皮がぱりっとして、しかも身はふっくらと脂がのっています。
ああ、生麩とお豆腐の田楽は、どちらから食べればいいかしら。
ふと、背後を振り返ると、蒼一郎さんが綺麗な箸使いで、田楽を召し上がっていました。
「上手にお箸を使うんですね」
「へ? 当たり前やろ。こんなん」
そんなことないですよ。だってわたしは下手だもの。
一応それらしい形では持てるのだけれど、柔らかい物を食べようとすると、崩れることが多くて。やはり洋食中心の食生活をしているからかしら。
「見してみ」
促されて、わたしはお箸を持った右手を蒼一郎さんに差し出したの。
「ああ、なるほど」と呟きながら、蒼一郎さんは、わたしの指の角度や指をどう添えるかを直してくれました。
「これでいけるんとちゃうか。練習してみ」
わたしは、自分のお膳に載っている筍ご飯をお箸ですくいました。
あら、まぁびっくり。普段よりも自分の手の形がとてもきれいに見えます。
そのまま、ご飯を口に運ぼうとすると「ちゃうで」と声をかけられました。
「間違ってましたか?」
「せやな。俺の口に入れた方がええな」
え? それって、あの……わたしが蒼一郎さんに食べさせるってことなの?
混乱していると、蒼一郎さんは人差し指でご自分を指さしました。
ええい。ままよ。
わたしはにじり寄って、蒼一郎さんの口許にお箸を近づけます。
蒼一郎さんは、木の芽ののった筍ご飯を咀嚼すると「うまいな」と仰います。
はーぁ、緊張しました。
急に力が抜けて、お箸を持った手を下げると、今度は「ほら、絲さんの番やで」と促されます。
顔を上げた私の目に入ったのは、筍ご飯を差し出す蒼一郎さんでした。
「あの、まさか」
「ほら、早よ食べな。冷めてまうで」
人に……蒼一郎さんに食べさせてもらっても、きっと味なんて分かりませんよ。
自分でしみじみと味わいたいんです。
でも、蒼一郎さんは諦める様子がありません。
「あー、箸をずっと持って腕が疲れてきたな」なんて、嫌味を仰るんだもの。
「一回だけですよ」
「うん、そうやな」
意を決して、蒼一郎さんの差し出すご飯を口に入れます。やっぱり味がしませんよ。絶対においしいはずなのに。
「ほら、もう一口食べ」
「え? 一回だけって言いましたよね」
「ヤクザの言うことを、真に受けたらあかんで。絲さんは食が細そうやからな、ちゃんと食べなあかん」
しつこいです。そしていつまでも解放されそうにありません。
とてもおいしい料理のはずなのに。どうして罰みたいになっているの?
「頭。何、遊んではるんですか」
いつの間に座敷に入って来たのでしょう。波多野さんが呆れた顔をして、立っていました。
み、見られてしまいました。
わたしは恥ずかしさのあまり、思わず波多野さんに背中を向けました。
「いや、別に絲さんのことを責めてるわけやないです。えーと、組長の児戯めいた行動につきあったってください」
「波多野!」
蒼一郎さんの短い叱責を、波多野さんは涼しい顔で聞き流します。
「組長がこの家で楽しそうにしとるのを見るのは、みんな嬉しいんで。いつも、すぐにふらりと家を出て行ってしまう人やさかいに」
その言葉に頬を染めたのは、蒼一郎さんでした。
そうすれば、蒼一郎さんに背中を向けつつ、おいしい食事を味わうことができるんだもの。
意味ありげな笑みを浮かべている蒼一郎さんの顔を見ながらだと、味も分からなくなってしまいますからね。
塩味だけの簡単な味付けで焼いた鯛は、皮がぱりっとして、しかも身はふっくらと脂がのっています。
ああ、生麩とお豆腐の田楽は、どちらから食べればいいかしら。
ふと、背後を振り返ると、蒼一郎さんが綺麗な箸使いで、田楽を召し上がっていました。
「上手にお箸を使うんですね」
「へ? 当たり前やろ。こんなん」
そんなことないですよ。だってわたしは下手だもの。
一応それらしい形では持てるのだけれど、柔らかい物を食べようとすると、崩れることが多くて。やはり洋食中心の食生活をしているからかしら。
「見してみ」
促されて、わたしはお箸を持った右手を蒼一郎さんに差し出したの。
「ああ、なるほど」と呟きながら、蒼一郎さんは、わたしの指の角度や指をどう添えるかを直してくれました。
「これでいけるんとちゃうか。練習してみ」
わたしは、自分のお膳に載っている筍ご飯をお箸ですくいました。
あら、まぁびっくり。普段よりも自分の手の形がとてもきれいに見えます。
そのまま、ご飯を口に運ぼうとすると「ちゃうで」と声をかけられました。
「間違ってましたか?」
「せやな。俺の口に入れた方がええな」
え? それって、あの……わたしが蒼一郎さんに食べさせるってことなの?
混乱していると、蒼一郎さんは人差し指でご自分を指さしました。
ええい。ままよ。
わたしはにじり寄って、蒼一郎さんの口許にお箸を近づけます。
蒼一郎さんは、木の芽ののった筍ご飯を咀嚼すると「うまいな」と仰います。
はーぁ、緊張しました。
急に力が抜けて、お箸を持った手を下げると、今度は「ほら、絲さんの番やで」と促されます。
顔を上げた私の目に入ったのは、筍ご飯を差し出す蒼一郎さんでした。
「あの、まさか」
「ほら、早よ食べな。冷めてまうで」
人に……蒼一郎さんに食べさせてもらっても、きっと味なんて分かりませんよ。
自分でしみじみと味わいたいんです。
でも、蒼一郎さんは諦める様子がありません。
「あー、箸をずっと持って腕が疲れてきたな」なんて、嫌味を仰るんだもの。
「一回だけですよ」
「うん、そうやな」
意を決して、蒼一郎さんの差し出すご飯を口に入れます。やっぱり味がしませんよ。絶対においしいはずなのに。
「ほら、もう一口食べ」
「え? 一回だけって言いましたよね」
「ヤクザの言うことを、真に受けたらあかんで。絲さんは食が細そうやからな、ちゃんと食べなあかん」
しつこいです。そしていつまでも解放されそうにありません。
とてもおいしい料理のはずなのに。どうして罰みたいになっているの?
「頭。何、遊んではるんですか」
いつの間に座敷に入って来たのでしょう。波多野さんが呆れた顔をして、立っていました。
み、見られてしまいました。
わたしは恥ずかしさのあまり、思わず波多野さんに背中を向けました。
「いや、別に絲さんのことを責めてるわけやないです。えーと、組長の児戯めいた行動につきあったってください」
「波多野!」
蒼一郎さんの短い叱責を、波多野さんは涼しい顔で聞き流します。
「組長がこの家で楽しそうにしとるのを見るのは、みんな嬉しいんで。いつも、すぐにふらりと家を出て行ってしまう人やさかいに」
その言葉に頬を染めたのは、蒼一郎さんでした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
686
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる