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五章
3、内外人遊園【3】
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「明日が蒼一郎さんのお誕生日ですから。今日中に用意しておきたいんです」
「誕生日ねぇ。そんなん必要ですかね。正月に皆一斉に年を取るやないですか」
内外地遊園の端に並ぶ木立の下を歩きながら、波多野さんが呟きます。
確かに数え年では、全員が元日に年を取ります。でも、女學院のシスターは、わたし達生徒のお誕生会をしてくださるの。
月に一度、同じ月に生まれた生徒をまとめてなんですけど。
可愛いリボンで結んだ筆記帳をくださるのよ。
だからわたしは、蒼一郎さんのお好きなお酒に、リボンを結んで贈るの。
波多野さんは、何度も首を傾げながら歩いています。「ぽーん」とか「すぽーん」と音がするたびに、球技に興ずる外国人の方を見据えながら。
「波多野さんは、お付き合いなさっている方はいらっしゃるの?」
「はい?」
突然、波多野さんが素っ頓狂な声を上げました。
「い、いい、いるわけないじゃないですか」
おろおろと視線を彷徨わせながら、波多野さんは頭を掻いていらっしゃいます。
確か組の経理を担当なさっているのよね。
わたしにとっての波多野さんは、フリルのついた割烹着姿で家庭的で、上品にお花を生けたりと家庭的な印象なのだけれど。
でもお強いらしいし、蒼一郎さんは波多野さんのことをインテリゲンツィアだと仰っていたわ。
女性にもてそうだと思うんですけど。
「いや、その。自分は色恋沙汰には疎くて」
「わたしも疎いですよ」
さやさやと吹く風が、並木の葉を揺らします。
そういえば蒼一郎さんは、もう停車場に着いたのかしら。
「自分は、心に決めたことがあるんです」
「はい」
心に決めた人がいる、ではなくて?
波多野さんは立ち止まると、わたしの顔を覗きこみました。
普段から側にいらっしゃることが多いけれど。二人きりで出かけるのは珍しいことです。
波多野さんは背は高いのですが、蒼一郎さんほどがっしりとなさっていません。でも、目の前に立たれるとやはり圧迫感はあります。
「近い将来、絲お嬢さんは頭の御子を産みはるでしょ」
うわぁ。なんてストレートな。
徐々に恥ずかしさが増してきて、わたしは風呂敷包みを抱えたまま、両手で頬を押さえました。
「そ、それは、その」
「まぁ、できると思いますよ。その為にも、ちゃんと食事を残さずに食べてください」
「は、はい」
「いいですか? お産には体力がいるんです。もし無事に産めたとしても産後の肥立ちが悪くて、絲お嬢さんが亡くなったらどうするんですか」
え、そこまで話が飛びますか?
もしかして、やたらと波多野さんがわたしの食事に拘るのは、わたしが出産で亡くなるかもしれないから?
なんだか頭がくらくらしました。
蒼一郎さん、波多野さんはインテリゲンツィアというよりも、策士なのでは?
「生まれてくる子が男児か女児かは分かりません。けど、その子と頭だけが遺されてごらんなさい。どれほど悲しんで、落ちこんで、泣き腫らして。想像するだけで胸が痛みます」
想像しないでください。
「せやから、私は考えたんです。自分にできることは何やろうかと。絲お嬢さんの体調を管理して、生まれてきた御子を守り、その子が将来大事にする子のことも支えたいと」
「は、はぁ」
「絲お嬢さんが健在で、御子が健やかに育って、交友関係に恵まれて。どうしても極道の家の子やからいうて、白い目で見られることもあるでしょうから。その辺を自分が援助できれば、と」
わたしは波多野さんの迫力に気圧されて、後ずさりました。
なかなかに壮大な愛です。
わたしよりも、ずっと将来のことをしっかりと考えていらっしゃいます。
「誕生日ねぇ。そんなん必要ですかね。正月に皆一斉に年を取るやないですか」
内外地遊園の端に並ぶ木立の下を歩きながら、波多野さんが呟きます。
確かに数え年では、全員が元日に年を取ります。でも、女學院のシスターは、わたし達生徒のお誕生会をしてくださるの。
月に一度、同じ月に生まれた生徒をまとめてなんですけど。
可愛いリボンで結んだ筆記帳をくださるのよ。
だからわたしは、蒼一郎さんのお好きなお酒に、リボンを結んで贈るの。
波多野さんは、何度も首を傾げながら歩いています。「ぽーん」とか「すぽーん」と音がするたびに、球技に興ずる外国人の方を見据えながら。
「波多野さんは、お付き合いなさっている方はいらっしゃるの?」
「はい?」
突然、波多野さんが素っ頓狂な声を上げました。
「い、いい、いるわけないじゃないですか」
おろおろと視線を彷徨わせながら、波多野さんは頭を掻いていらっしゃいます。
確か組の経理を担当なさっているのよね。
わたしにとっての波多野さんは、フリルのついた割烹着姿で家庭的で、上品にお花を生けたりと家庭的な印象なのだけれど。
でもお強いらしいし、蒼一郎さんは波多野さんのことをインテリゲンツィアだと仰っていたわ。
女性にもてそうだと思うんですけど。
「いや、その。自分は色恋沙汰には疎くて」
「わたしも疎いですよ」
さやさやと吹く風が、並木の葉を揺らします。
そういえば蒼一郎さんは、もう停車場に着いたのかしら。
「自分は、心に決めたことがあるんです」
「はい」
心に決めた人がいる、ではなくて?
波多野さんは立ち止まると、わたしの顔を覗きこみました。
普段から側にいらっしゃることが多いけれど。二人きりで出かけるのは珍しいことです。
波多野さんは背は高いのですが、蒼一郎さんほどがっしりとなさっていません。でも、目の前に立たれるとやはり圧迫感はあります。
「近い将来、絲お嬢さんは頭の御子を産みはるでしょ」
うわぁ。なんてストレートな。
徐々に恥ずかしさが増してきて、わたしは風呂敷包みを抱えたまま、両手で頬を押さえました。
「そ、それは、その」
「まぁ、できると思いますよ。その為にも、ちゃんと食事を残さずに食べてください」
「は、はい」
「いいですか? お産には体力がいるんです。もし無事に産めたとしても産後の肥立ちが悪くて、絲お嬢さんが亡くなったらどうするんですか」
え、そこまで話が飛びますか?
もしかして、やたらと波多野さんがわたしの食事に拘るのは、わたしが出産で亡くなるかもしれないから?
なんだか頭がくらくらしました。
蒼一郎さん、波多野さんはインテリゲンツィアというよりも、策士なのでは?
「生まれてくる子が男児か女児かは分かりません。けど、その子と頭だけが遺されてごらんなさい。どれほど悲しんで、落ちこんで、泣き腫らして。想像するだけで胸が痛みます」
想像しないでください。
「せやから、私は考えたんです。自分にできることは何やろうかと。絲お嬢さんの体調を管理して、生まれてきた御子を守り、その子が将来大事にする子のことも支えたいと」
「は、はぁ」
「絲お嬢さんが健在で、御子が健やかに育って、交友関係に恵まれて。どうしても極道の家の子やからいうて、白い目で見られることもあるでしょうから。その辺を自分が援助できれば、と」
わたしは波多野さんの迫力に気圧されて、後ずさりました。
なかなかに壮大な愛です。
わたしよりも、ずっと将来のことをしっかりと考えていらっしゃいます。
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