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六章

8、ちりめん山椒【2】

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 俵型に握られたおにぎりは、茶色いものが混ぜ込まれています。
 ちりめんじゃこかしら。
 おにぎりの形は、普段のように整ってはいないのだけれど。いつもよりも小さくて、ひとくちで食べられそう。

「いただきます」

 何故か蒼一郎さんから圧を感じるので、再び「いただきます」を言い、おにぎりを口にしました。

 もぐもぐ。
 あら、ちりめん山椒だわ。山椒が仄かにぴりっとして、甘からい味がご飯に馴染んでいて。
 美味しいです。

 小さいおにぎりなので、すぐに食べ終わります。わたしは二つ目にもお箸を伸ばしました。

「どうや? 絲さん。おいし……やのうて、どう思う?」
「とっても美味しいです」

 その時の蒼一郎さんの顔ったら。
 まるで小さな少年が褒められた時のように、満面の笑顔で目を輝かせていらっしゃるの。

「ほんまに? お世辞やのうて?」
「お世辞? おにぎりにですか?」
「じゃあ、気ぃ遣って言うとんのでもないんやな」

 わたしは、こくりと頷きました。
 料理番の方が作ってくださるのは、いつもどれも美味しいですよ。

「よっしゃあぁぁっ」
「え?」

 お箸を握りしめて、野太い声を上げる蒼一郎さんを、わたしはびっくりして凝視しました。
 ええ、わたしのお箸からおにぎりがぽろりと落ちるくらいには、驚いたの。

「どうなさったの?」
「いや、あの……そのな」

 問いかけると、今度は一転、蒼一郎さんは何故かもじもじと俯いてしまわれます。
 情緒不安定なんですか?

 二つ目のおにぎりを口に入れながら、座卓の向かいに座る蒼一郎さんを眺めます。
 こんな風に照れていらっしゃるのは、珍しいわ。
 写真機があれば、撮って記念にしたいほどです。

「そのちりめん山椒な、俺が炊いてん」
「え?」
「朝から魚屋に買い物に行って。ああ、山椒も買ってやな。それで作り方を教えてもらいながら、自分一人で作ったんや」

 わたしはお皿に載ったおにぎりを見つめました。

 蒼一郎さんが、お作りになったの?
 おじいさまが、わたしにちりめん山椒を炊いたお話をしたから?

 わたしの為に?

 少し不格好な形のおにぎりも、今日はいつもよりも小さくて。
 ああ、そうなのだわ。
 料理番の方は、蒼一郎さんが召し上がることを考えて作るのだけれど。
 蒼一郎さんは、わたしが食べることを考えて作ってくださったから、小さいのね。

 焦げ目もなく綺麗に焼き上げられただし巻き玉子の隣で、くてっと並んだおにぎり。
 蒼一郎さんのあの大きな手で、こんな小さく作るのは大変だったでしょうに。
 ちりめん山椒だって、火の加減が難しいとおじいさまは仰っていたわ。

 お皿に載ったおにぎりが、ぼんやりと滲んでいきます。

「い、絲さん? 泣いとんのか。もしかして辛すぎたか? それともしょっぱすぎたか?」
「いいえ、いいえ」

「ほな、なんで?」と、蒼一郎さんはおろおろと手を伸ばそうとして、また下ろしました。
 そして、わたしの傍に移動なさったの。

「もしかして、じいさんのことを思い出させてしもたんか?」

 わたしは首を振ります。
 おじいさまのことは、しょっちゅう思い出しているの。昔は悲しくて仕方なかったけれど。今では、大切な思い出に代わっているんです。

「嬉しかったんです」
「ん? もうちょっと大きい声で言うてくれへんか?」

 蒼一郎さんが屈みこんで、わたしの口許に耳をお寄せになります。

「蒼一郎さんが、わたしの為に、わたしを思って作ってくださったから。とても嬉しいの」
「そ、そうか」

 蒼一郎さんは頬を染めて、横を向いてしまわれました。そして涙を拭うために、洋巾ハンケチを渡してくださったの。
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