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六章

22、直接的すぎます

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 空が夕暮れの華やいだ色に染まる頃。湯宿のお部屋にお夕食が運ばれてきました。

 まぁ、なんて素敵なんでしょう。

 大きな座卓に並べられた先付は、紅葉を模した生麩に子持ち鮎の甘露煮、松葉に刺した銀杏は翡翠色で透き通っています。甘酢に付けた茗荷は赤が色鮮やかで、器の中に秋を集めたかのよう。
 
 蒼一郎さんは、仲居さんにお酒を勧められていたのですが。断っていらっしゃいます。
 珍しいです。だいたいいつもお酒をお召し上がりになるのに。

「いいんですか?」
「ん? 酒のことか。まぁ、ここに居る間は自重しよかな。せっかくやし」
「せっかくだから、召し上がるんじゃないんですか?」

 三條家のお料理もおいしいですけど。旅館のお料理は格別だと思うんです。

「んー? そら、ここにおる間に、記念日になるかもしれへんやん? 素面しらふで居りたいんや」
「記念日……」

 何のでしょうか。蒼一郎さんのお誕生日は過ぎていますよ。

「分からへんか?」
「はい」

 わたしは、澄んだ色の銀杏を口に入れました。
 本当はお行儀悪く、松葉を持ってそのまま頂きたいのですけれど。
 ちゃんとお箸で一粒ずつ外しました。

 今日は炭酸水を、壜に口をつけて飲むというワルな行為をしましたからね。
 一日一悪くらいに留めておかないといけません。

「それで、何の記念日なんですか?」

 温かなお茶をいただきながら、再び尋ねます。
 蒼一郎さんはお箸を置いて、座卓の向かいに座るわたしをじーっと眺めていらっしゃいます。

「まぁ、食事中に言うんもどうかと思うけど。この温泉に逗留しとう間に、授かるかもしれへんやろ」

 授かるというと……。あのことでしょうか。
 わたしは、瞬きを繰り返しました。

「言い方悪かったかな。えーと、そやなぁ。絲さんが俺の子を宿すかもしれへんからな。酒に酔った状態で抱くんは嫌やんか」

 蒼一郎さんは、わたしをじっと見据えています。
 でも、普段からお酒がお強いですよね?
 わたしは、朱塗りの椀に入ったお澄ましをひとくち頂きました。

「これまでもあわよくば、絲さんを孕まそうと思ってたんやけど」

 げほっ。
 む、噎せました。

「蒼一郎さん、そんなことを考えていらしたの?」
「せやで。けど、さすがに絲さんの体調が悪い時期は気ぃつけとった。まぁ、中で出さんかったからって孕まんわけやないけど……あー、いや、食事中にする話やないな」

 大きな手が、わたしの背中をさすってくださいますが。
 両手で耳を塞ぎたくなるのに、まだ噎せているからわたしは手一杯なんです。
 
「酒に酔って絲さんを抱いたら、なんか勿体ないやろ。もしかしたら、子どもができる記念日になるかもしれへんのに」
「そういうのって、すぐに分かるものではないのでは?」

 蒼一郎さんは、ちょっと首を傾げて。そして悪戯っ子のような笑みを浮かべたの。

「ん? なんや、知識有るやん。調べた?」

 うっ。言葉が返せません。
 うちの學校は厳格な聖母マリア様の修道会が母体なので。当然、そういう教育はありません。

 良妻賢母となるべくお掃除、それにお裁縫(とっても苦手なんですけど)そしてお作法は力が入っているんですけど。
 どうすれば子どもを授かるのかは、シスターは教えてくださらないの。

 だから學友たちで、卒業を待たずに結婚なさった先輩からお話を伺ったりしたんです。ええ、興味津々で。

 坂の途中の甘味処の隅の席で、それぞれの手に半巾ハンカチを握りしめ。息を詰めて(多分、鼻の穴は広がっていないと思いますが)夫婦のお話を聞いたんです。

 あの頃は、余りにも赤裸々な内容に卒倒しそうになったのですが。
 今にして思えば、先輩と旦那さまの関係は淡々となさっていて。蒼一郎さんとの夜の方がよほど激しいと申しますか……派手? いえ、これ以上は考えるのをよしましょう。

 蒼一郎さんのように口に出さないだけで、わたしも考え方が直接的になっているようです。
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