颱風の夜、ヤクザに戀して乱れ咲く【R18】

真風月花

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一章

1、颱風の夜【1】

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 それは秋の颱風たいふうの夜でした。一人暮らしのわたし、水野貴世子きよこは、建てつけの悪い雨戸を閉めようと、ガタガタと派手な音を立てながら奮闘していたのです。
 古い木の雨戸は重く、しかもどこかに引っかかったのか途中で動かなくなってしまいました。

 明治の初め頃に建てられたお家は、大正の今となっては古びて見えます。
 かつてはお父さまやお母さま、それにねえや達使用人も大勢いたのですが。
 両親は過労がたたり、二人とも去年亡くなってしまい。使用人たちも辞めていき、今ではわたし一人きりです。

「ひっ」

 いきなり、バサバサと何かが戸袋から飛び出してきました。
 突然のことに、わたしはその場に固まってしまったんです。

 それは小さな蝙蝠こうもりでした。まるで蝶々のようにひらひらと翼をひらめかせながら、雲が重く垂れこめた空へと飛んでいきます。

「う……蝙蝠でも居てくれた方が良かったかも」

 ああ、こんなことなら猫か犬でも飼うのだったわ。わたしは風雨で湿った左右の三つ編みに触れました。

「颱風が来るだなんて。測候所は、逸れると言っていたのに」

 町の掲示板に貼られた気象予報との違いに文句を吐きながら、無駄な努力を続けます。
 木の葉交じりの雨。腕には濡れた葉が張りつき、木綿の着物もぐっしょりと濡れています。

 どうしよう。このままでは窓が割れるかもしれません。
 ゴオッという風の音。ひときわ強い雨に、顔と腕を叩かれました。

 すでに縁側は雨で濡れ、木の床がてらてらと光っています。
 
「うーん、何とか。あと少しでも動けば」

 力を込めて雨戸を引いたとき、濡れた指が滑ってしまいました。

「あっ」と思った時には、わたしの体は廊下に叩きつけられていたのです。
 なんて情けないの。したたかに打った腰は痛く、女一人の力では何もできないことが情けなくなります。

 両親が健在だった頃は、あんなにも賑やかな家だったのに。
 がらんとした広い家に、今はわたし唯一人。
 
「おいおい、大丈夫か?」

 背後から声がして、わたしはぎょっとしました。
 恐る恐る振り返れば、ちかちかと点滅する電燈に照らされて一人の男性が立っています。
 年の頃は三十くらいでしょうか。頬に刀傷のようなものがあり、びしょ濡れの背広を着て縁側にいるんです。

 え? いつ入ってきたの? どこから? というかあなた、誰?

「勝手口が開いとったで。ちゃんと鍵を閉めんとあかんやんか」

 強面のその人は「まぁ、俺が閉めといたから」と、ぼそっと呟きました。

 閉めるって中からですよね。思いっきり不審者が入り込んでますけど。
 混乱のあまり口を開くことも出来ずにいると、その人は雨戸を閉め、まるで勝手知ったる我が家とでも言いたげに箪笥を開いたんです。

「ほら、手拭いで拭いとき。風邪引くで」
「え、あの。どうして」
「まぁ、ええやん。ただのお遣いや。婦女子は体を冷やしたらあかんねんで」

 その不審者はわたしの頭に青い豆絞りの手拭いを載せました。そして失礼なことを呟いたの。

「えらいぼろぼろの手拭いやな。端なんかほぼ繊維やんか、やっぱり金欠なんやな」

 あまりな言いように、わたしは顔がかーっと熱くなるのを感じました。
 ええ、慎ましい生活でした。
 父が事業に失敗し……正確には騙されて会社を失い、それで両親とも身を粉にして働き、そして倒れてしまったんです。
 
 結局、借金を返せなかったせいで、この家も近々手放すことが決まっています。
 
 女學校に通いながら、わたしもお裁縫の内職をしていたのですが。その程度では、生活費の足しにしかなりません。結局、退學を余儀なくされました。

「こんなうっすい布きれでは、水も吸わへんやろ」

 男はそう言うと、自分の鞄の中から手拭いを出して、わたしの頭と頬を拭いたんです。
 ふかふかのお日さまの匂いのする手拭い。これは舶来のものだわ。

「ご親切にどうも、不審者さん」
「ふ……不審者」
「不審者でも紳士でいらっしゃるんですね」

 わたしの言葉に不審者紳士は「あー、参ったな」と天井を仰ぎました。
 電燈がちかちかと明滅しています。もしかしたら停電になるのかもしれません。

「俺の名前は名原なばら幾久司いくじ。まぁ、いわゆる組のもんや」
「く、くみ……」

 ええ、その組の示すものが學校の東組や西組でないことは明白です。
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