15 / 247
二章
4、呼び出し
わたくしは頭を下げて、先生に謝りました。周囲では、くすくすと忍び笑いが洩れています。
ああ、気を引きしめなければ。先生の声で「翠子さん」なんて呼ばれれば、とっさに「旦那さま」と返事してしまう癖が、すでについているのかもしれません。
「高瀬先生。翠子さんを許してあげてください。おうちの事情で、彼女一人がおじさまの家に越したらしいんです」
「おじさま? 親類ということか」
手を挙げて発言した深山文子さんに、先生が問いかけます。
とっさに彼女についた嘘ですが、大丈夫でしょうか。文子さんはわたくしを庇ってくれているのですが、先生の不興を買わないでしょうか。
「はい。ですから気疲れもあると思うんです」
「分かった。深山くんの意見も尤もだ。笠井さん、あとで……そうだな二十分休憩の時に職員室に来なさい」
「ありがとうございます」と、文子さんにお礼を言うと「よかったね」と文子さんが目配せをしました。
ですが、呼び出されたのが不安です。
二限目の地理の後、わたくしは職員室へと向かいました。
通常の休憩時間は十分ですが、二限目と三限目の間はゆったりと休み時間がとってあります。
これは遠方から通学なさる方が、朝食が早いのでお腹がすくだろうとの配慮から「お十時」という、いわばおやつを食べてもいい時間なのです。
高瀬先生は途中の廊下でわたくしを待っていらっしゃいました。
そこは指導室の前です。
「入りなさい」
「あの、職員室でなくていいんですか」
「笠井さん。少し考えなさい、人の多い場所で込み入った話などできないだろう?」
見上げると、先生の横顔は不機嫌そうです。やはり怒られてしまうのでしょうか。
指導室の中はカーテンが閉じられたままで薄暗いです。そのせいで、少し肌寒くもあります。
背後で鍵がかかる音がしました。無論、わたくしは気にもしませんでした。
先生は一人掛けのソファに腰を下ろし、わたくしにも座るように仰いました。
少し離れた二人掛けのソファに浅く座って、袴を整えます。
「そんなところに座れとは言っていない」
「え、でも。ほかに椅子はありませんが」
とまどうわたくしに、先生は出席簿で自分の膝をぽんっと叩きました。
まさか、そこに座れということなのでしょうか。
でも、ここは学校ですし。
とまどっていると、先生は今度は手招きなさいました。
たぶんですけど「膝に座れ」で、合っているのでしょう。
「失礼いたします」
先生の太腿に横向きになるように座りましたが、これでは顔が見えません。わたくしの目に入るのは、薄明りを透かしたカーテンだけです。
これは違うと、せめて横座りのままで先生の方に顔を向けます。
「正面からだ」
「でもそれは、あまりにもはしたないです」
「なぜ?」
だって、正面を向くには、足を開かないと座れません。先生は細身ではありますが、さすがに男性の太腿、それも両脚ぶんの幅となると厳しいです。
「ああ、すでに五分すぎてしまった。休み時間が終わってしまうぞ。次の授業はなんだ?」
「裁縫です」
「なるほど。裁縫の先生は確か厳しい人だったな。翠子さんは成績も悪い。遅刻などすると、さぞや心証が悪いだろうな」
それは困ります。
ああ、気を引きしめなければ。先生の声で「翠子さん」なんて呼ばれれば、とっさに「旦那さま」と返事してしまう癖が、すでについているのかもしれません。
「高瀬先生。翠子さんを許してあげてください。おうちの事情で、彼女一人がおじさまの家に越したらしいんです」
「おじさま? 親類ということか」
手を挙げて発言した深山文子さんに、先生が問いかけます。
とっさに彼女についた嘘ですが、大丈夫でしょうか。文子さんはわたくしを庇ってくれているのですが、先生の不興を買わないでしょうか。
「はい。ですから気疲れもあると思うんです」
「分かった。深山くんの意見も尤もだ。笠井さん、あとで……そうだな二十分休憩の時に職員室に来なさい」
「ありがとうございます」と、文子さんにお礼を言うと「よかったね」と文子さんが目配せをしました。
ですが、呼び出されたのが不安です。
二限目の地理の後、わたくしは職員室へと向かいました。
通常の休憩時間は十分ですが、二限目と三限目の間はゆったりと休み時間がとってあります。
これは遠方から通学なさる方が、朝食が早いのでお腹がすくだろうとの配慮から「お十時」という、いわばおやつを食べてもいい時間なのです。
高瀬先生は途中の廊下でわたくしを待っていらっしゃいました。
そこは指導室の前です。
「入りなさい」
「あの、職員室でなくていいんですか」
「笠井さん。少し考えなさい、人の多い場所で込み入った話などできないだろう?」
見上げると、先生の横顔は不機嫌そうです。やはり怒られてしまうのでしょうか。
指導室の中はカーテンが閉じられたままで薄暗いです。そのせいで、少し肌寒くもあります。
背後で鍵がかかる音がしました。無論、わたくしは気にもしませんでした。
先生は一人掛けのソファに腰を下ろし、わたくしにも座るように仰いました。
少し離れた二人掛けのソファに浅く座って、袴を整えます。
「そんなところに座れとは言っていない」
「え、でも。ほかに椅子はありませんが」
とまどうわたくしに、先生は出席簿で自分の膝をぽんっと叩きました。
まさか、そこに座れということなのでしょうか。
でも、ここは学校ですし。
とまどっていると、先生は今度は手招きなさいました。
たぶんですけど「膝に座れ」で、合っているのでしょう。
「失礼いたします」
先生の太腿に横向きになるように座りましたが、これでは顔が見えません。わたくしの目に入るのは、薄明りを透かしたカーテンだけです。
これは違うと、せめて横座りのままで先生の方に顔を向けます。
「正面からだ」
「でもそれは、あまりにもはしたないです」
「なぜ?」
だって、正面を向くには、足を開かないと座れません。先生は細身ではありますが、さすがに男性の太腿、それも両脚ぶんの幅となると厳しいです。
「ああ、すでに五分すぎてしまった。休み時間が終わってしまうぞ。次の授業はなんだ?」
「裁縫です」
「なるほど。裁縫の先生は確か厳しい人だったな。翠子さんは成績も悪い。遅刻などすると、さぞや心証が悪いだろうな」
それは困ります。
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
「職場では隙のない完璧な先輩が、家ではゆるニットで甘えてくる。それでも彼女は、まだ俺の恋人じゃない」
まさき
恋愛
会社では完璧で、誰も近づけない先輩。
そんな彼女と、俺は同じ部屋で暮らしている。
「…おかえり」
ゆるニット姿の彼女は、家でだけ甘い声を出す。
近い。甘い。それでも――
「ちゃんと付き合ってから」
彼女は知っている。自分が好きになりすぎることを。
嫌われるのが怖くて、迷惑になるのが怖くて。
だから一歩手前で、いつも笑って止まる。
最初から好きなくせに、言えない彼女と。
気づいているのに、待っている俺の話。