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二章
13、目隠し
帯紐は、肌触りの良い物でした。ですが、今はそんな感触を楽しんでいる場合ではありません。
「あ、あの。先生」
「旦那さま、だろ?」
「旦那さま。どうして目隠しなんて」
「見えない方がいいこともある」
集中できるとか、余計なことを考えずに済むとか、旦那さまは仰いますが、どれも納得のできる答えではありません。
昼の長い時期ですが、外はもう暗いです。部屋にはすでに行灯がともっています。
「明かりをつけなければ、よろしいのでは?」
「馬鹿だな。そんなことをしたら、俺が翠子さんの顔を見られないだろ」
「そんな……」
わたくしだけが、旦那さまに恥ずかしい姿や表情を見せることになるなんて。
けれど、文句をつけることはできません。
学校で先生として接するときは怖いのですが。この家で旦那さまとして一緒にお話をしたり、食事をするのは楽しいのです。
でも、ふいにわたくしは旦那さまに買われたのだということを思い出します。
妻として迎えると言われても、旦那さまのおかげで実家が救われたことは事実です。
逆らう事なんてできません。
両目を隠す帯紐を通して、ぼんやりと明かりが見えます。その明かりがふと暗くなりました。
鼻をかすめる檸檬と薄荷の香り。どこか懐かしいその匂いが近づき、ああ、旦那さまがわたくしの傍に来たのだと分かりました。
胸の下が楽になったと思うと、すでに帯が解かれていました。しゅるしゅるという音に、心もとなさを感じます。
「緊張しなくていい」
「は、はい」
わたくしの背後に座る旦那さまが、耳元で囁いてきます。
すでに浴衣が中途半端に脱がされて、肩が露わになっています。どうやら胸も見えているようです。
思わず両手で胸元を隠そうとしましたが、旦那さまに手をつかまれてしまいました。
「手首を縛るよ。後ろに手をまわして」
「え、どうしてですか。そんなこと……」
「当たり前だろう? 翠子さんが隠そうとするからだ」
無体なことを旦那さまは仰います。
こんなにも恥ずかしいのに。情けない姿なのに。隠すことも許されないなんて。
背後にまわした両手が、縛られていくのが分かります。こちらも滑らかな感触から絹であるようです。
「旦那さまは、わたくしのことがお嫌いなんですか?」
その質問に、一瞬の間がありました。
「なぜそう思うんだ」
「だって、こんなの普通じゃありません。わたくしを虐めたいのですか?」
「虐めたいのではなく、愛したいのだ。だが、あなたはすぐに俺から逃げようとする」
「逃げてなんていません」
必死で言いつのりましたが、旦那さまはため息をつきました。
「逃がさない。あなたを身売りしようとした実家にも戻さない。俺が手を差し伸べなければ、あなたは女郎屋でわずかな銭で男に身を売っていたかもしれないのに」
「そんな。そんなことは」
「貴族の令嬢が客をとる。置屋にとって、どれほどの宣伝になるだろうな。無論、男爵や笠井の名は伏せるだろうし、遠い町へと売るだろう。だが、あなたの父親は分かっていない。会社の経営を立て直せたとしても、いずれは娘を女郎にしたことが広まるというのに」
旦那さまの言葉に、わたくしは言葉を失いました。
この家に使用人として買われたのだと最初は勘違いしていましたが。確かに多額のお金を、ろくに働けもしない娘に払うはずがありません。
女郎になるわたくしを、旦那さまが救ってくださったのだとしたら。
けれど、父がそんな風にわたくしを扱っていたなんて。そんなの信じられません。信じたくありません。
「翠子さん?」
心配するような声に、思わずわたくしは旦那さまの肩に頭を載せました。
「あ、あの。先生」
「旦那さま、だろ?」
「旦那さま。どうして目隠しなんて」
「見えない方がいいこともある」
集中できるとか、余計なことを考えずに済むとか、旦那さまは仰いますが、どれも納得のできる答えではありません。
昼の長い時期ですが、外はもう暗いです。部屋にはすでに行灯がともっています。
「明かりをつけなければ、よろしいのでは?」
「馬鹿だな。そんなことをしたら、俺が翠子さんの顔を見られないだろ」
「そんな……」
わたくしだけが、旦那さまに恥ずかしい姿や表情を見せることになるなんて。
けれど、文句をつけることはできません。
学校で先生として接するときは怖いのですが。この家で旦那さまとして一緒にお話をしたり、食事をするのは楽しいのです。
でも、ふいにわたくしは旦那さまに買われたのだということを思い出します。
妻として迎えると言われても、旦那さまのおかげで実家が救われたことは事実です。
逆らう事なんてできません。
両目を隠す帯紐を通して、ぼんやりと明かりが見えます。その明かりがふと暗くなりました。
鼻をかすめる檸檬と薄荷の香り。どこか懐かしいその匂いが近づき、ああ、旦那さまがわたくしの傍に来たのだと分かりました。
胸の下が楽になったと思うと、すでに帯が解かれていました。しゅるしゅるという音に、心もとなさを感じます。
「緊張しなくていい」
「は、はい」
わたくしの背後に座る旦那さまが、耳元で囁いてきます。
すでに浴衣が中途半端に脱がされて、肩が露わになっています。どうやら胸も見えているようです。
思わず両手で胸元を隠そうとしましたが、旦那さまに手をつかまれてしまいました。
「手首を縛るよ。後ろに手をまわして」
「え、どうしてですか。そんなこと……」
「当たり前だろう? 翠子さんが隠そうとするからだ」
無体なことを旦那さまは仰います。
こんなにも恥ずかしいのに。情けない姿なのに。隠すことも許されないなんて。
背後にまわした両手が、縛られていくのが分かります。こちらも滑らかな感触から絹であるようです。
「旦那さまは、わたくしのことがお嫌いなんですか?」
その質問に、一瞬の間がありました。
「なぜそう思うんだ」
「だって、こんなの普通じゃありません。わたくしを虐めたいのですか?」
「虐めたいのではなく、愛したいのだ。だが、あなたはすぐに俺から逃げようとする」
「逃げてなんていません」
必死で言いつのりましたが、旦那さまはため息をつきました。
「逃がさない。あなたを身売りしようとした実家にも戻さない。俺が手を差し伸べなければ、あなたは女郎屋でわずかな銭で男に身を売っていたかもしれないのに」
「そんな。そんなことは」
「貴族の令嬢が客をとる。置屋にとって、どれほどの宣伝になるだろうな。無論、男爵や笠井の名は伏せるだろうし、遠い町へと売るだろう。だが、あなたの父親は分かっていない。会社の経営を立て直せたとしても、いずれは娘を女郎にしたことが広まるというのに」
旦那さまの言葉に、わたくしは言葉を失いました。
この家に使用人として買われたのだと最初は勘違いしていましたが。確かに多額のお金を、ろくに働けもしない娘に払うはずがありません。
女郎になるわたくしを、旦那さまが救ってくださったのだとしたら。
けれど、父がそんな風にわたくしを扱っていたなんて。そんなの信じられません。信じたくありません。
「翠子さん?」
心配するような声に、思わずわたくしは旦那さまの肩に頭を載せました。
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