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三章
5、ブーツを履かせながら
「少しは育ったようだが。相変わらず小さい足だな」
旦那さまは妙なことを仰いながら、なぜか真新しいブーツを顔の高さに持ち上げました。
そのまま、足の甲にあたる部分にくちづけました。
ゆっくりと唇をブーツに触れさせたまま、わたくしの方へ視線を向けます。
その様子が色っぽくて……。
「えっ?」
旦那さまの唇が触れたのは、あくまでも新品のブーツです。百貨店で試し履きはしましたが、それとは別に店員さんがお店の奥から持ってきてくれたものです。
わたくしは一度として、そのブーツに足を通していないのに。足の甲に接吻された心地がしました。
「どうかした?」
「いえ、何でもありません」
「足をもぞもぞさせているけど? 痒いのかい」
わたくしはぶんぶんと首を振り、ついでに手まで振りました。
「そうだな。縁側でも歩いて見せてくれないか」
「そんな。室内で靴を履いて歩くなんて、お行儀が悪いです」
「なぁに、西洋なら当たり前のことだ」
旦那さまがブーツを手に持ったまま、わたくしの前にひざまずきます。
それこそ西洋の本の挿絵で見たような、騎士が姫にひざまずくように。
「履かせてあげよう。さぁ、足を出しなさい」
殿方に靴を履かせてもらった事なんてありません。
だからわたくしは、旦那さまの前に足を出すことができませんでした。
「恥じらうのもいいが。ちゃんと足を慣らしておかないと、靴擦れになって歩けないぞ」
「それは困ります」
「そうだよな。登校中に翠子さんが痛くて歩けなくなったら。君は遅刻で済むが、俺は授業の開始時間に間に合わない。大勢の生徒を待たせるわけにはいかないな」
わたくしは頷いて、白い足袋に包まれた右足を差し出しました。
ふいに旦那さまが、わたくしの足首を掴んでご自分の膝に載せました。足の裏に、引き締まった旦那さまの腿を感じます。
もちろん足袋とズボンの布越しですのに。
先日、学校の指導室で旦那さまの足にまたがったことを思い出して、きつく瞼を閉じました。
「ちゃんと目を開けて。転んだら危ないからな」
「は、はい」
試し履きの時、当たり前ですが自分でブーツに足を入れました。
今、わたくしは立ったままで、旦那さまを見下ろす格好になっています。
旦那さまは、紐を丁寧に結んでくださいました。しなやかに動く指が、きれいな形の蝶々結びをこしらえていきます。
「さぁ、左足も出しなさい」
「いえ、もう自分で」
もちろん断ったところで、旦那さまがお止めになるはずがありません。
座敷には障子の代わりに簾がかけられ、それも巻き上げられているので、庭から風が入ってきます。
外よりもずいぶんと涼しいはずなのに、わたくしはじっとりと汗をかいてしまいました。
「さて、これでよし」
「きゃあ!」
突然立ち上がった旦那さまが、そのままわたくしを抱え上げました。不安定なその状態に、慌てて旦那さまの頭にしがみつきます。
わたくしの脇のあたりで、旦那さまがくすっと笑いました。
「そんな情熱的に抱きついたら、お清がびっくりしているぞ」
「え?」
振り返ったわたくしが見たのは、お盆を持ったまま唖然と口を開いているお清さんでした。
「あらまぁ、欧之丞さまはよほど嬉しくていらっしゃるんですねぇ」
てっきりわたくしが注意されると思っていたのに、お清さんはほわっと笑顔になりました。
「ですが、翠子さんに無理をしてはなさいませんよ」
「別に、していない」
「欧之丞さまの仰ることは本当ですか? 翠子さん」
お清さんに問われて、わたくしはすぐに返事することができませんでした。
無理は……されている気がします。とくに夜に。
そして今も、まだ下ろしてもらえていません。
「翠子さん、すぐに返事をしなさい。お清が誤解をする」
「お坊ちゃま。そういう風に脅してはなりませんよ」
お坊ちゃまと言われた旦那さまは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべました。
「不思議ですね。どこかで今のような情景を見たように思います」
「そりゃ、見たんだろ」
「懐かしくて、温かいような。そんな気がするんです」
わたくしを腕に抱えたままで、旦那さまが顔を覗きこんできます。
切れ長の瞳にまっすぐに見つめられて、視線を外すことができません。
旦那さまは妙なことを仰いながら、なぜか真新しいブーツを顔の高さに持ち上げました。
そのまま、足の甲にあたる部分にくちづけました。
ゆっくりと唇をブーツに触れさせたまま、わたくしの方へ視線を向けます。
その様子が色っぽくて……。
「えっ?」
旦那さまの唇が触れたのは、あくまでも新品のブーツです。百貨店で試し履きはしましたが、それとは別に店員さんがお店の奥から持ってきてくれたものです。
わたくしは一度として、そのブーツに足を通していないのに。足の甲に接吻された心地がしました。
「どうかした?」
「いえ、何でもありません」
「足をもぞもぞさせているけど? 痒いのかい」
わたくしはぶんぶんと首を振り、ついでに手まで振りました。
「そうだな。縁側でも歩いて見せてくれないか」
「そんな。室内で靴を履いて歩くなんて、お行儀が悪いです」
「なぁに、西洋なら当たり前のことだ」
旦那さまがブーツを手に持ったまま、わたくしの前にひざまずきます。
それこそ西洋の本の挿絵で見たような、騎士が姫にひざまずくように。
「履かせてあげよう。さぁ、足を出しなさい」
殿方に靴を履かせてもらった事なんてありません。
だからわたくしは、旦那さまの前に足を出すことができませんでした。
「恥じらうのもいいが。ちゃんと足を慣らしておかないと、靴擦れになって歩けないぞ」
「それは困ります」
「そうだよな。登校中に翠子さんが痛くて歩けなくなったら。君は遅刻で済むが、俺は授業の開始時間に間に合わない。大勢の生徒を待たせるわけにはいかないな」
わたくしは頷いて、白い足袋に包まれた右足を差し出しました。
ふいに旦那さまが、わたくしの足首を掴んでご自分の膝に載せました。足の裏に、引き締まった旦那さまの腿を感じます。
もちろん足袋とズボンの布越しですのに。
先日、学校の指導室で旦那さまの足にまたがったことを思い出して、きつく瞼を閉じました。
「ちゃんと目を開けて。転んだら危ないからな」
「は、はい」
試し履きの時、当たり前ですが自分でブーツに足を入れました。
今、わたくしは立ったままで、旦那さまを見下ろす格好になっています。
旦那さまは、紐を丁寧に結んでくださいました。しなやかに動く指が、きれいな形の蝶々結びをこしらえていきます。
「さぁ、左足も出しなさい」
「いえ、もう自分で」
もちろん断ったところで、旦那さまがお止めになるはずがありません。
座敷には障子の代わりに簾がかけられ、それも巻き上げられているので、庭から風が入ってきます。
外よりもずいぶんと涼しいはずなのに、わたくしはじっとりと汗をかいてしまいました。
「さて、これでよし」
「きゃあ!」
突然立ち上がった旦那さまが、そのままわたくしを抱え上げました。不安定なその状態に、慌てて旦那さまの頭にしがみつきます。
わたくしの脇のあたりで、旦那さまがくすっと笑いました。
「そんな情熱的に抱きついたら、お清がびっくりしているぞ」
「え?」
振り返ったわたくしが見たのは、お盆を持ったまま唖然と口を開いているお清さんでした。
「あらまぁ、欧之丞さまはよほど嬉しくていらっしゃるんですねぇ」
てっきりわたくしが注意されると思っていたのに、お清さんはほわっと笑顔になりました。
「ですが、翠子さんに無理をしてはなさいませんよ」
「別に、していない」
「欧之丞さまの仰ることは本当ですか? 翠子さん」
お清さんに問われて、わたくしはすぐに返事することができませんでした。
無理は……されている気がします。とくに夜に。
そして今も、まだ下ろしてもらえていません。
「翠子さん、すぐに返事をしなさい。お清が誤解をする」
「お坊ちゃま。そういう風に脅してはなりませんよ」
お坊ちゃまと言われた旦那さまは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべました。
「不思議ですね。どこかで今のような情景を見たように思います」
「そりゃ、見たんだろ」
「懐かしくて、温かいような。そんな気がするんです」
わたくしを腕に抱えたままで、旦那さまが顔を覗きこんできます。
切れ長の瞳にまっすぐに見つめられて、視線を外すことができません。
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