【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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三章

13、意地が悪いです

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 わたくしは知らぬうちに眠りに落ちていたようです。
 目が覚めると、隣に旦那さまが座っていらっしゃいました。

 今は浴衣に着がえていらっしゃる旦那さまが、布団の側に敷いた座布団にあぐらをかいて、わたくしを見つめていらっしゃいます。

 あまり表情はありませんが、どこか切ないような、つらさを堪えているようなそんな瞳です。

「おはよう。といっても夕方だけどね」

 わたくしと目が合うと、旦那さまの表情が和らぎました。

「済みません。わたくし、寝ていたのですね」
「ああ。気にすることはない。疲れたのだろう」

 その疲れの原因を考えて、わたくしは両手で顔を覆いました。
 恥ずかしいです。あんなにも乱れて、先生の……旦那さまの指を求めて。しまいには、指だけでは嫌だと言ったような気がします。

「これを飲みなさい。喉が痛いだろう?」

 水差しから、グラスに注いだ水を手渡されます。確かに喉が痛い気がします。
 よほど喉が渇いていたのか、わたくしは一息に飲んでしまいました。自分では気づかないものですね。

「あの、なぜ喉が痛いと分かったのですか?」
「まぁ。あれだけ啼けば、喉もれる。俺は、あなたの声は好きだが」

 旦那さまの言葉に、顔から湯気が出そうになりました。

「い、意地悪を仰らないでください」
「うーん。可愛いと言っているんだが」

 うまく伝わらないものだな、と旦那さまは首をかしげました。

 夕食前にもう一度入浴しようということになり、旦那さまと一緒にお風呂場に向かいました。

 もし銀司さんに会ったら、どうしよう。きっとわたくしの声が聞こえていたはずと危惧しましたが。幸い、彼の姿はありませんでした。

 浴槽のお湯はすでにぬるくなっていましたが、まだ蒸し暑い時刻なので問題はありませんでした。
 でも、やはり旦那さまと一緒にお風呂に入るのは慣れません。
 さっきの行為のこともあり、面映ゆくて湯につかりながらも背中を向けてしまいます。

「明日は公休日だな」
「先生は何かなさるんですか?」
「うーん、そうだな」

 檜の浴槽の縁にのせた腕を組んで、旦那さまが天井を見上げました。天井から水滴が、ぽちゃんと湯に落ちてきます。

 旦那さまの返事がありません。どうしたのかしらと振り返ろうとすると、急に背中に旦那さまの唇を感じました。

「どうなさったんですか? きゃっ」

 左右の肩甲骨の間にくちづけられ、強く吸われます。

「背中に痕をつけるのを忘れていた」
「痕って……」

 そう言われて、わたくしは自分の体に視線を落としました。澄んだ湯にひたった胸にも腿にも、腕の内側にもキスの痕が刻まれています。
 それは赤い花びらを散らしたようにも見えました。

「ここと、ここ。それにここ」

 わたくしをご自分の方に向けさせて、旦那さまはひとつひとつ赤い痕に指を添えます。
 胸の膨らみを指でなぞられ、思わず身をすくめてしまいました。

「今更、だろう?」
「でも……」
「あんなにもあなたに触れたのに。なぜ、これくらいで驚くかなぁ」

 旦那さまは意地悪です。ええ、本当に。
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