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三章
14、切なくて
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部屋に戻ると、お清さんが「夕食ですよ」と声をかけてくださいました。
わたくしは、脱ぎ散らかされたままになっていた着物と袴を衣桁に掛けます。旦那さまが手伝ってくださいますが。
やはり、ここで何をしたのかを見せつけられる気分で、たいそう恥ずかしいのです。
「明日のことだが。蛍狩りに行かないか」
「蛍狩り、ですか」
少し首をかしげるわたくしに、旦那さまは「実際には狩らないぞ」と仰いました。
なぜ、ばれたのでしょう。
「紅葉狩りも蛍狩りも、なぜ『狩り』なんていうんでしょうね」
「季節の風物を鑑賞する、くらいの意味だな」
「よくご存じなんですね」
「別に俺だって、数学だけやっているわけじゃない。といっても知識としてあれこれを知っているだけで、本を読んでも人の心までは分からんもんだな」
わたくしは片付けの手を止めて、旦那さまを見遣りました。
「誰か気持ちを知りたい方がいらっしゃるんですね」
「それはそうだろう」
旦那さまがわたくしをじっと見つめます。琥珀色に近い瞳に映っているのはわたくしですが。
でも、もしかしたらわたくしを引き受けたことを早急だったと悔いる日が来るのかもしれません。
旦那さまに、本当に好きな女性ができたら。
「……そんなの、嫌です」
思わず洩らしてしまった言葉に、わたくしははっとしました。
目端の利く旦那さまが、その声を聞き逃すはずがありません。
「嫌って、何が?」
「いえ、たいしたことではありません」
嘘です。わたくしは旦那さまと暮らすようになって、当たり前のようにあなたに微笑んでもらえるようになって。
あなたを独り占めしたくなったのでしょう。
一歩家を出れば、あなたは旦那さまではなく先生であり、それは女学校の生徒みんなの先生なのに。
わたくしだけの、あなたにしたいなんて。
ふいに旦那さまが、わたくしのあごに手をかけました。
そのまま上を向かされて、唇を重ねます。
「ちゃんと言わないと、躾が足りないと俺は考えるぞ」
「そんな」
「翠子さんは体力的に、きついんじゃないか? しかも、過ぎた快感はつらいだろう」
顔をそむけたいのに、あごを押さえられているからそれも叶いません。ただ、視線を横に向けることだけで精一杯でした。
「明日は翠子さんと蛍狩りに行こうと考えているのに。夜通し、あなたを躾けていたら、きっと明日は出かけることなどできないだろう。せっかくの休日を寝て過ごすなど、勿体ないと思わないか?」
「夜通しなんて、そんな」
「そう。朝が来るまで一睡もさせない。あなたの声が嗄れてしまうまで、何度でも追い詰めていく」
旦那さまの顔が間近にあります。わたくしは耐え切れずに「言いますから」と降参してしまいました。
「だ、旦那さまを独り占めしたいと、考えてしまったんです」
「……していいぞ。むしろ大歓迎だ」
何を今更、と旦那さまが首をかしげます。
わたくしは悩んでいたのに、拍子抜けするほどの軽さでした。
「しかし困ったな。そんな愛らしいことを言われると、やはり朝まで可愛がりたくなる」
「そんな。だって明日は出かけるって仰ったじゃありませんか」
わたくしの文句を、旦那さまのキスがふさぎました。
「翠子さんが、唆すのがいけない。だがまぁ、それはまた別の日にとっておこう」
わたくしは、脱ぎ散らかされたままになっていた着物と袴を衣桁に掛けます。旦那さまが手伝ってくださいますが。
やはり、ここで何をしたのかを見せつけられる気分で、たいそう恥ずかしいのです。
「明日のことだが。蛍狩りに行かないか」
「蛍狩り、ですか」
少し首をかしげるわたくしに、旦那さまは「実際には狩らないぞ」と仰いました。
なぜ、ばれたのでしょう。
「紅葉狩りも蛍狩りも、なぜ『狩り』なんていうんでしょうね」
「季節の風物を鑑賞する、くらいの意味だな」
「よくご存じなんですね」
「別に俺だって、数学だけやっているわけじゃない。といっても知識としてあれこれを知っているだけで、本を読んでも人の心までは分からんもんだな」
わたくしは片付けの手を止めて、旦那さまを見遣りました。
「誰か気持ちを知りたい方がいらっしゃるんですね」
「それはそうだろう」
旦那さまがわたくしをじっと見つめます。琥珀色に近い瞳に映っているのはわたくしですが。
でも、もしかしたらわたくしを引き受けたことを早急だったと悔いる日が来るのかもしれません。
旦那さまに、本当に好きな女性ができたら。
「……そんなの、嫌です」
思わず洩らしてしまった言葉に、わたくしははっとしました。
目端の利く旦那さまが、その声を聞き逃すはずがありません。
「嫌って、何が?」
「いえ、たいしたことではありません」
嘘です。わたくしは旦那さまと暮らすようになって、当たり前のようにあなたに微笑んでもらえるようになって。
あなたを独り占めしたくなったのでしょう。
一歩家を出れば、あなたは旦那さまではなく先生であり、それは女学校の生徒みんなの先生なのに。
わたくしだけの、あなたにしたいなんて。
ふいに旦那さまが、わたくしのあごに手をかけました。
そのまま上を向かされて、唇を重ねます。
「ちゃんと言わないと、躾が足りないと俺は考えるぞ」
「そんな」
「翠子さんは体力的に、きついんじゃないか? しかも、過ぎた快感はつらいだろう」
顔をそむけたいのに、あごを押さえられているからそれも叶いません。ただ、視線を横に向けることだけで精一杯でした。
「明日は翠子さんと蛍狩りに行こうと考えているのに。夜通し、あなたを躾けていたら、きっと明日は出かけることなどできないだろう。せっかくの休日を寝て過ごすなど、勿体ないと思わないか?」
「夜通しなんて、そんな」
「そう。朝が来るまで一睡もさせない。あなたの声が嗄れてしまうまで、何度でも追い詰めていく」
旦那さまの顔が間近にあります。わたくしは耐え切れずに「言いますから」と降参してしまいました。
「だ、旦那さまを独り占めしたいと、考えてしまったんです」
「……していいぞ。むしろ大歓迎だ」
何を今更、と旦那さまが首をかしげます。
わたくしは悩んでいたのに、拍子抜けするほどの軽さでした。
「しかし困ったな。そんな愛らしいことを言われると、やはり朝まで可愛がりたくなる」
「そんな。だって明日は出かけるって仰ったじゃありませんか」
わたくしの文句を、旦那さまのキスがふさぎました。
「翠子さんが、唆すのがいけない。だがまぁ、それはまた別の日にとっておこう」
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