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三章
16、お茶
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俺たちが落ち着いて夕食を食べられるようになった頃には、すでにどれも冷めてしまっていた。
俺は、ぬるくなったビフカツを一切れ箸でつまんだ。
豚ほど脂がきつくないので、牛肉を揚げたビフカツの方が好みだ。
「つみれ、美味しいですね。生姜やお味噌が入っているのでしょうか」
翠子さんの言葉を受けて、俺も鯵のつみれを食べてみる。
口の中でほろりと崩れるつみれから、確かに生姜の風味を感じる。
「わたくしも、お清さんに料理を教えていただこうかしら」
ぽつりと呟いた翠子さんが、どんな気持ちからそう言ったのか。知りたいが、尋ねることはできなかった。
普段は彼女に対して強引なのに。花嫁にするつもりで引き取ったと、はっきり宣言したのに。
切ない声で「先生……好き」と言われて。あんな嬉しい言葉をもらって、平静を保てるはずがない。
「旦那さま、お茶をいかがですか?」
「あ、ああ。ありがとう」
翠子さんが、急須から湯呑みに茶を注いで渡してくれる。
湯呑みを受け取るとき、二人の手が触れあって、思わず俺は彼女を見つめた。翠子さんもまた、驚いたように見つめ返してくる。
「飲むかい?」
尋ねると、翠子さんは小さくうなずいた。
湯呑みを差し出しだそうとして、俺は思い直した。たいそう行儀は悪いが、お茶に人差し指を浸す。
そして、その指を翠子さんへと向けた。
一瞬の間があったが、翠子さんはすぐに俺の指先に唇を寄せた。薄紅色の唇が俺の指に触れ、そしてゆっくりと口を開いた。
ぽたり、と俺の指先から落ちた茶の一滴が、翠子さんの唇を伝っていく。
彼女はそれを、舌先で舐めとった。
「足りないな」
「ええ」
また同じように、指を茶で濡らして差し出してやる。
半分瞼を閉じて、翠子さんは従順に茶で濡れた俺の指を口に含んだ。
温かな彼女の舌に舐められて、指が至福を感じている。妙な言い方だが、本当にそう思ったんだ。
俺は指先を翠子さんの口の中で、自由に動かした。
奥に入れては、えづいてしまう。それだけは気を付けて、まるで弄ぶように口腔に触れていく。
口を閉じることができない翠子さんは、苦しげに眉根を寄せた。
「ふ……っ、あぁ」
駄目だな、明日は蛍狩りに行くと決めたんだ。
にじむ色香にぞくりとするが、これ以上の無理を彼女に強いることはできない。
◇◇◇
旦那さまが、お茶で濡らした指をわたくしに差し出してくるので。反射的に、その指を口に含んでしまいました。
ええ、考える前に体が動いてしまったんです。
これも躾けられたというべきなのでしょうか。
わたくし、自分でも気づかぬ内に大胆なことをしてしまったようです。
「す、すみません」
「いや、誘導したのは俺だ。あなたが謝ることではない」
旦那さまは、まだ使っていない湯呑みに、わたくしの分のお茶を注いでくださいました。
昼間は使用人も何人かいるのですが、夜になると基本的には旦那さまとわたくしだけになります。
お清さんも遅くなる前に帰宅するので、わたくしと旦那さまは食後のお皿を洗うようになりました。
「翠子さんが来る前は、こんなことをしたことがないんだけどな。お清には『せめてお椀を水に浸けておいてくだされば、後で洗うのが楽ですのに』とよく小言を言われたけどな」
「わたくしは、恥ずかしいですけど慣れているんです。羽振りが良かった頃は使用人も多かったですが。ここ何年かは、掃除や片付けは自分でしていましたから」
かちゃかちゃと、食器が触れ合う音がします。
以前は指先がかさついていて恥ずかしかったのですが。旦那さまと暮らすようになって、それも治ってきました。
俺は、ぬるくなったビフカツを一切れ箸でつまんだ。
豚ほど脂がきつくないので、牛肉を揚げたビフカツの方が好みだ。
「つみれ、美味しいですね。生姜やお味噌が入っているのでしょうか」
翠子さんの言葉を受けて、俺も鯵のつみれを食べてみる。
口の中でほろりと崩れるつみれから、確かに生姜の風味を感じる。
「わたくしも、お清さんに料理を教えていただこうかしら」
ぽつりと呟いた翠子さんが、どんな気持ちからそう言ったのか。知りたいが、尋ねることはできなかった。
普段は彼女に対して強引なのに。花嫁にするつもりで引き取ったと、はっきり宣言したのに。
切ない声で「先生……好き」と言われて。あんな嬉しい言葉をもらって、平静を保てるはずがない。
「旦那さま、お茶をいかがですか?」
「あ、ああ。ありがとう」
翠子さんが、急須から湯呑みに茶を注いで渡してくれる。
湯呑みを受け取るとき、二人の手が触れあって、思わず俺は彼女を見つめた。翠子さんもまた、驚いたように見つめ返してくる。
「飲むかい?」
尋ねると、翠子さんは小さくうなずいた。
湯呑みを差し出しだそうとして、俺は思い直した。たいそう行儀は悪いが、お茶に人差し指を浸す。
そして、その指を翠子さんへと向けた。
一瞬の間があったが、翠子さんはすぐに俺の指先に唇を寄せた。薄紅色の唇が俺の指に触れ、そしてゆっくりと口を開いた。
ぽたり、と俺の指先から落ちた茶の一滴が、翠子さんの唇を伝っていく。
彼女はそれを、舌先で舐めとった。
「足りないな」
「ええ」
また同じように、指を茶で濡らして差し出してやる。
半分瞼を閉じて、翠子さんは従順に茶で濡れた俺の指を口に含んだ。
温かな彼女の舌に舐められて、指が至福を感じている。妙な言い方だが、本当にそう思ったんだ。
俺は指先を翠子さんの口の中で、自由に動かした。
奥に入れては、えづいてしまう。それだけは気を付けて、まるで弄ぶように口腔に触れていく。
口を閉じることができない翠子さんは、苦しげに眉根を寄せた。
「ふ……っ、あぁ」
駄目だな、明日は蛍狩りに行くと決めたんだ。
にじむ色香にぞくりとするが、これ以上の無理を彼女に強いることはできない。
◇◇◇
旦那さまが、お茶で濡らした指をわたくしに差し出してくるので。反射的に、その指を口に含んでしまいました。
ええ、考える前に体が動いてしまったんです。
これも躾けられたというべきなのでしょうか。
わたくし、自分でも気づかぬ内に大胆なことをしてしまったようです。
「す、すみません」
「いや、誘導したのは俺だ。あなたが謝ることではない」
旦那さまは、まだ使っていない湯呑みに、わたくしの分のお茶を注いでくださいました。
昼間は使用人も何人かいるのですが、夜になると基本的には旦那さまとわたくしだけになります。
お清さんも遅くなる前に帰宅するので、わたくしと旦那さまは食後のお皿を洗うようになりました。
「翠子さんが来る前は、こんなことをしたことがないんだけどな。お清には『せめてお椀を水に浸けておいてくだされば、後で洗うのが楽ですのに』とよく小言を言われたけどな」
「わたくしは、恥ずかしいですけど慣れているんです。羽振りが良かった頃は使用人も多かったですが。ここ何年かは、掃除や片付けは自分でしていましたから」
かちゃかちゃと、食器が触れ合う音がします。
以前は指先がかさついていて恥ずかしかったのですが。旦那さまと暮らすようになって、それも治ってきました。
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