【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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六章

8、雨に降られて

 先刻、旦那さまに電燈の話を持ちかけられた時に、わたくしは冷たく突っぱねてしまいました。
 旦那さまのことを嫌なわけではなかったのです。
 でも、瓦斯燈ガスとうよりもさらに明るい光で、わたくしの体を照らされたら。それをくまなく旦那さまに見られたらと思うと……もう、恥ずかしくて恥ずかしくて。
 
 でも、わたくしの羞恥が旦那さまを傷つけてしまいました。
 あんな風に睫毛を伏せて、しょげてしまわれるなんて。
 なんだか、雨に濡れそぼって寂しがっている軍用犬を想像してしまい。

 ああ、翠子はなんて意地悪なのでしょう。
 ごめんなさい、旦那さま。大いに反省します。

 お風呂から上がったわたくしは、髪から水を滴らせながら、脱衣所で呆然としました。

「……着るものが、ありません」

◇◇◇

 風呂から上がった翠子さんは、脱衣所で明らかに困惑していた。
 手ぬぐいは籠に入っているが、着替えがないからだ。
 確かに一糸まとわぬ姿のまま連れてきたから。まぁ、当然だよな。

「どうしましょう」
「大丈夫だ。他に誰もいない」
「誰もいなくても、こんな格好……」

 おろおろと立ち尽くす翠子さんの手を引いて、浴衣を着た俺は外へ出た。
 渡り廊下には柱と柱の間に、腰の高さほどの板壁が張ってある。
 俺は翠子さんの腰に手を添えて、彼女をそこに座らせた。

「旦那さま、何をっ?」
「柱を持っていなさい。しっかりと握っていなくては、落下するぞ」

 翠子さんは、ぎりぎり足の指が床につくかどうかの不安定さだ。彼女は反抗するでもなく、言いつけを守って両手で柱につかまっている、

 唇を重ねると、先ほどまでの熱がよみがえったのか、翠子さんが俺の胸に手を添えてきた。
 彼女が落ちたりしないように、腰を左手で支えてやる。

「あの……」
「まだ午前零時を過ぎたところだ。言っただろ、眠らせないと」

 湯上りのしっとりとした肌に、降りかかる雨。その雨で俺は手を濡らしながら、翠子さんの白い肌を愛撫する。
 
 戸惑いながらも応じてくる様子が愛らしい。
 さすがにまた彼女の中に入るのは、負担が大きすぎるだろう。
 俺はただ指と舌で、翠子さんを愛し続けた。

◇◇◇

 もう体の熱は引いていると思ったのに、雨に打たれながら旦那さまに素肌をまさぐられると、先ほどまで彼を受け入れていた体の奥がじんと痺れてきます。

「あ……っぁ……あ……ん」

 大好きな旦那さまに身を委ね、愛撫されてわたくしは首をのけぞらせました。
 降りしきる雨が、わたくしの顔を叩き、その感覚にすら身震いがします。

 ふいに旦那さまが手を止めました。「なぜ?」と問いかけると「ずっと雨に当たっていると、風邪をひいてしまう」と仰います。
 
「足りないかい?」

 素直に「はい」と言えなくて、わたくしは瞼を伏せました。旦那さまの手は止まっていますが、わたくしの肩や背中はなおも雨に叩かれています。その度にびくりと体がすくみ、声が洩れそうになりました。

「そうだな。あなたが雨に愛撫されるのも癪だな」

 わたくしを横抱きにすると、旦那さまは部屋へとお戻りになりました。着崩れた旦那さまの浴衣にすら、この躾けられた肌は感じてしまいます。

 布団に横たえられるとばかり思っていましたが、そのまま部屋を横切って、縁側へと連れていかれます。
 旦那さまは浴衣を脱ぐと、木の床に敷いて、わたくしを下ろしました。

「俺は女性のことはよくは分からないが。これ以上、あなたの中に入ると体がつらいのだろう?」
「あ、はい。多分……ですけど」

 なにしろ初めてのことですし、今も下腹部は重くてだるいですが。明日にはもっとつらくなるのでしょうか。

「だから、体を寄り添わせるだけで我慢しておこう」
「ひゃ……っ」

 片肘を立てて横たわった旦那さまに、体を引き寄せられます。
 す……素肌が、ぴったりとくっついて。わたくしの胸が旦那さまの硬い胸に押しつぶされて、変な感じです。

 耳へキスを落とされ、次に頬、そしてあごから首へと次々に接吻されていきます。

「ん……あぁ」
「駄目だよ。今夜はもうれないと誓ったんだ。俺を淫らに誘わないでくれ」
「淫らだ、なんて」

 わたくしは旦那さまの顔に手を伸ばしました。さっきキスされたのと同じ場所をたどるように、旦那さまの耳、頬、それからあごと首を指先で撫でていきます。

 旦那さまは、何かを堪えるように眉根を寄せました。

「これが誘っていないとでも?」
「でも、それなら旦那さまも誘っていらっしゃいます」
「いけない子だな、あなたは。昼と夜の顔が随分と違うから。俺は翻弄されてしまうんだ」

 そう仰ると、旦那さまはわたくしの唇をふさぎました。貪るようなくちづけに、頭の芯が痺れます。
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