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六章
16、絡まってしまいました
わたくしは藤色のリボンを輪にして結びました。両手の指でリボンをすくうように取り、あやとりを始めます。
「旦那さまの番ですよ」
「なんで急にあやとりなど」
問われても答えることなどできません。だって冷やしあめの生姜に込められたメッセージを思うと、旦那さまとお喋りするのも気が引けてしまいます。
けれど、それぞれに別のことをするのも寂しくて……。
とはいえ、一緒に遊んでくださいという年でもないですし。だから、強制的にあやとりなんです。
二人あやとりの最初は、つり橋からです。左右の手首に一回リボンを巻いて、それぞれの中指で手首のリボンを取ります。これでつり橋の完成です。
「次は旦那さまの番ですよ。どうぞ」
「いや、俺はあやとりなどしたことがないんだが」
「親指と人差し指で、交差している部分をつまんで外に出すんです。それから、この手首にかかっているリボンに下からくぐらせて……」
「すでに訳が分からんぞ」
旦那さまは混乱しながらも指を動かすので、ぎちぎちとリボンが絡み、わたくしの手首ごと引っ張られます。
「い、痛いです」
「済まない。だが、俺も痛い」
細いリボンは二人の手首をきつく締めあげ、向かい合ったままで身動きが取れません。
「なんでこうなった?」
「旦那さま、もしかして不器用ですか?」
なぜか旦那さまは遠い目をなさいました。今ではない、どこか別の場所、いえ別の時間をその目はとらえているのかもしれません。
「自分の不器用さを痛感したのは二度目だ」
「初めては何だったんですか?」
「幼い翠子さんの下駄の鼻緒を直そうとした時だ。あまりにも出来ないので、お清に取り上げられてしまった。そうか、俺はあなたに関することはどうやら不器用みたいだ」
興味深い、と旦那さまは納得していらっしゃいますが。それどころではありません。間近で向かい合ったまま手首を一緒に拘束されているだなんて、どれほど奇妙な光景でしょう。
「銀司! 銀司はいるか?」
「はい、旦那さま」
「すまん。部屋に来てくれ」
旦那さまに呼ばれてすぐに「失礼します」と、銀司さんが廊下側の襖を開けました。そしてご自分の目を大きく開きました。
「あの、何をしておいでなのですか?」
銀司さんの視線は当然ながら、旦那さまとわたくしの縛り上げられた(ように見える)手首に注がれております。
変ですよね。おかしいですよね。
「み、見ないでください……」
わたくしの訴える声は、今にも消え入りそうでした。
「待て。誤解するな、銀司」
「いえ、使用人であるぼくが詮索することではありませんから。まさかお二人そろってマゾヒストの気があるとは……。てっきり旦那さまはサディストかと」
「人に妙な性癖を押し付けて、勝手に納得するな」
旦那さまは反論なさっていますが、この状況では説得力はありません。
「この銀司。サディストではございませんので、お二人のお手伝いはできないかと」
「ですから、誤解なんです……」
わたくしが、これがあやとりのなれの果てであると説明すると、銀司さんはようやく納得してくださいました。けれど「まさか旦那さまがあやとりを」と、呟きながら笑っています。
すみません、わたくしが無理に誘ったものですから。
でも、なれの果てといってもたった一度しか、していないんですよ。あやとり。
「まぁ、人が生活する上であやとりは必須ではない。ゆえに多少できなくとも問題はない」
「けど、多少というレベルではありませんよ、これ」
銀司さんは、ずけずけと旦那さまに仰いながら、小さい鋏を手にしました。
「くれぐれも動かないでくださいよ」と注意しつつ、結び目の近くを切りました。
突然の解放感に、わたくしは後ろによろけます。
目の前に、藤色のリボンがひらひらとなびきます。手首にリボンを絡ませたままで、旦那さまがわたくしを支えてくださいました。
「畳の上だし、翠子さまも座っておられるので、そんなに危なくないと思いますが」
「分かっている」
「まったく、過保護ですね」
「いちいち突っ込みが多いぞ、銀司」
「はいはい」と肩をすくめると、銀司さんは旦那さまの手首からするりとリボンを引き抜きました。そしてわたくしの髪に結びなおしてくださいます。
「リボンはしかめっ面の旦那さまより、愛らしい翠子さまに似合いますからね」
そう仰いながら、わたくしに鏡を見るように促します。髪の結び目を見ると、リボンは二重の蝶々結びになっていました。
二匹の藤色の蝶が戯れているかのようです。
どうやら銀司さんはとても器用なようです。日に焼けた褐色の肌をして、ずけずけと物を仰るのに、意外です。
銀司さんが部屋を出て行った後、畳の上に燐寸の箱が残されていました。
夕空を背景に、シルエットになった椰子の木が印刷されています。
旦那さまが拾い上げて開くと、中には棒の部分がそれぞれ違う燐寸が入っていました。まるで虹の七色のようで、とても珍しい燐寸です。
「あいつ、まだこんな物を大事にして」
ぽつりと旦那さまが呟きました。その声はしみじみと穏やかに聞こえました。
「旦那さまの番ですよ」
「なんで急にあやとりなど」
問われても答えることなどできません。だって冷やしあめの生姜に込められたメッセージを思うと、旦那さまとお喋りするのも気が引けてしまいます。
けれど、それぞれに別のことをするのも寂しくて……。
とはいえ、一緒に遊んでくださいという年でもないですし。だから、強制的にあやとりなんです。
二人あやとりの最初は、つり橋からです。左右の手首に一回リボンを巻いて、それぞれの中指で手首のリボンを取ります。これでつり橋の完成です。
「次は旦那さまの番ですよ。どうぞ」
「いや、俺はあやとりなどしたことがないんだが」
「親指と人差し指で、交差している部分をつまんで外に出すんです。それから、この手首にかかっているリボンに下からくぐらせて……」
「すでに訳が分からんぞ」
旦那さまは混乱しながらも指を動かすので、ぎちぎちとリボンが絡み、わたくしの手首ごと引っ張られます。
「い、痛いです」
「済まない。だが、俺も痛い」
細いリボンは二人の手首をきつく締めあげ、向かい合ったままで身動きが取れません。
「なんでこうなった?」
「旦那さま、もしかして不器用ですか?」
なぜか旦那さまは遠い目をなさいました。今ではない、どこか別の場所、いえ別の時間をその目はとらえているのかもしれません。
「自分の不器用さを痛感したのは二度目だ」
「初めては何だったんですか?」
「幼い翠子さんの下駄の鼻緒を直そうとした時だ。あまりにも出来ないので、お清に取り上げられてしまった。そうか、俺はあなたに関することはどうやら不器用みたいだ」
興味深い、と旦那さまは納得していらっしゃいますが。それどころではありません。間近で向かい合ったまま手首を一緒に拘束されているだなんて、どれほど奇妙な光景でしょう。
「銀司! 銀司はいるか?」
「はい、旦那さま」
「すまん。部屋に来てくれ」
旦那さまに呼ばれてすぐに「失礼します」と、銀司さんが廊下側の襖を開けました。そしてご自分の目を大きく開きました。
「あの、何をしておいでなのですか?」
銀司さんの視線は当然ながら、旦那さまとわたくしの縛り上げられた(ように見える)手首に注がれております。
変ですよね。おかしいですよね。
「み、見ないでください……」
わたくしの訴える声は、今にも消え入りそうでした。
「待て。誤解するな、銀司」
「いえ、使用人であるぼくが詮索することではありませんから。まさかお二人そろってマゾヒストの気があるとは……。てっきり旦那さまはサディストかと」
「人に妙な性癖を押し付けて、勝手に納得するな」
旦那さまは反論なさっていますが、この状況では説得力はありません。
「この銀司。サディストではございませんので、お二人のお手伝いはできないかと」
「ですから、誤解なんです……」
わたくしが、これがあやとりのなれの果てであると説明すると、銀司さんはようやく納得してくださいました。けれど「まさか旦那さまがあやとりを」と、呟きながら笑っています。
すみません、わたくしが無理に誘ったものですから。
でも、なれの果てといってもたった一度しか、していないんですよ。あやとり。
「まぁ、人が生活する上であやとりは必須ではない。ゆえに多少できなくとも問題はない」
「けど、多少というレベルではありませんよ、これ」
銀司さんは、ずけずけと旦那さまに仰いながら、小さい鋏を手にしました。
「くれぐれも動かないでくださいよ」と注意しつつ、結び目の近くを切りました。
突然の解放感に、わたくしは後ろによろけます。
目の前に、藤色のリボンがひらひらとなびきます。手首にリボンを絡ませたままで、旦那さまがわたくしを支えてくださいました。
「畳の上だし、翠子さまも座っておられるので、そんなに危なくないと思いますが」
「分かっている」
「まったく、過保護ですね」
「いちいち突っ込みが多いぞ、銀司」
「はいはい」と肩をすくめると、銀司さんは旦那さまの手首からするりとリボンを引き抜きました。そしてわたくしの髪に結びなおしてくださいます。
「リボンはしかめっ面の旦那さまより、愛らしい翠子さまに似合いますからね」
そう仰いながら、わたくしに鏡を見るように促します。髪の結び目を見ると、リボンは二重の蝶々結びになっていました。
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どうやら銀司さんはとても器用なようです。日に焼けた褐色の肌をして、ずけずけと物を仰るのに、意外です。
銀司さんが部屋を出て行った後、畳の上に燐寸の箱が残されていました。
夕空を背景に、シルエットになった椰子の木が印刷されています。
旦那さまが拾い上げて開くと、中には棒の部分がそれぞれ違う燐寸が入っていました。まるで虹の七色のようで、とても珍しい燐寸です。
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ぽつりと旦那さまが呟きました。その声はしみじみと穏やかに聞こえました。
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