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七章
15、不器用ではない
仕切り直しとばかりに薬箱を恭しく掲げて、先生がわたくしの前にひざまずきます。茶色い小瓶に満たされた液体を綿につけ、針で刺した部分を消毒してくださいます。
「あれ? おかしいな」
「あの、先生。大体で結構ですから」
「いや、もう少しでたるむことなく結べるはずなんだ」
ですが、先生は何度包帯を巻きなおしても、うまくいきません。
たいした怪我ではありませんのに、結局包帯でぐるぐる巻きにされてしまいました。
「先生、わたくし自分でしますよ」
そう申し上げましたのに、先生は真剣な面持ちで、包帯の先端に小さな鋏で切れ目を入れました。
ちまちまと細かな作業で、結び目を作っておられます。
その時、職員室の扉が開いて、歴史担当の先生が入っていらっしゃいました。
「あら、四年生の笠井さんね。どうしたの。怪我?」
「あ、はい。針で指をついてしまって」
「針で、指を?」
歴史の先生は、不思議そうにわたくしの指を凝視しておられます。
そうですよね。大げさですよね。こんなぐるぐる巻きの包帯なんて。
「高瀬先生。手当てなら、私が代わりますよ」
「いえ、お気遣いなく。受け持ちの生徒の手当ては、担任の仕事です」
「そういうものですか?」
歴史の先生は、なぜか薬箱だけではなく、裁縫箱に工具箱、それにお饅頭の菓子箱まで並んでいることに首をかしげていらっしゃいます。
授業に戻るとお裁縫の先生も文子さんも、学友たちも「大丈夫なの?」「そんなにひどかったの?」と心配してくださいます。
ですが、お手当てをしてくださったのが高瀬先生だと告げると、とくにお裁縫の先生が「見かけは怖いのに、意外と不器用なのね」と一刀両断でした。
確かに昔、切れた鼻緒を直そうと苦戦なさって、結局お清さんに取り上げられていたような。
そういうところも、かわいいなんて思うのは男性に対して失礼でしょうか。
◇◇◇
うーん。まただ。
俺は翠子さんの立ち去った後、腕を組んで自分の席に座っていた。
ちょうどこの時間は俺は授業も用事もなく、宿題の確認をしていた。
翠子さんの怪我の手当てを他の先生がしなくて済んだのは、幸運だった。だが、なぜあんなにも包帯が不格好になるんだ?
俺は、自分の左指を包帯で巻いてみた。きれいなもんだ。たるみもなく厚みもなく、すっと引き締まった包帯。ほらな、不器用でも何でもない。
ふと思い立って、裁縫箱から糸を取りだした。しつけ糸というのだろうか、少し太さのある糸だ。
その糸を輪にして、この間教えてもらったあやとりをしてみる。
すいすい、と絡まることなく、よくは分からないが何かの形が作られていく。自分自身の手を緊縛することもない。
やはりな。睨んだ通りだ。
俺は翠子さんが関わると冷静ではいられなくなり、とたんに不器用になるようだ。
自己分析ができるのはいい面もあるが、悪い面もある。
どれほど自分が翠子さんに弱くて甘いか、その事実を突きつけられるのだから。
「あー、惚れた弱みかなぁ」
机にひたいをつけて、両腕をだらりと下ろした時。背後から「ぷっ」という笑い声が聞こえた。
「いやー、いいものを見せてもらいましたよ」
驚いて振り返ると、油絵の具で派手に汚れた白衣を着た皆月先生が立っていた。
「高瀬先生、絵のモデルになりませんか?」
「なぜ」
「途方に暮れつつ、恋に身悶える青年。ね、悪くない題材でしょ」
「とことん悪いです」
絶対、そんな絵のモデルになどなるものか。俺は彼女に背を向けて、作業に戻った。
「大丈夫。着衣ですから」
「そういう問題じゃない」
「手ごわいですねぇ」
皆月先生は腕を組んで、さっきまで俺が格闘していた棚を見遣った。
ああ、翠子さんとすれ違いになってよかった。一緒にいるところ、しかも彼女の手当てをしているところを見られたら、どんなに揶揄われることだろう。
「棚にしまってある温泉まんじゅう、私の土産なんですよ。それをあげますから引き受けません?」
「俺は甘いものは苦手です」
「あらー。笠井さんにあげたら、きっと喜ぶと思うんですけどね」
脳裏に「まぁ、なんて美味しそう。いただいてもよろしいんですか」と、顔を輝かせる翠子さんの幻が浮かんだ。
いや、まんじゅうくらい俺が買えばいいことだ。自分を安売りするな、俺。
「あれ? おかしいな」
「あの、先生。大体で結構ですから」
「いや、もう少しでたるむことなく結べるはずなんだ」
ですが、先生は何度包帯を巻きなおしても、うまくいきません。
たいした怪我ではありませんのに、結局包帯でぐるぐる巻きにされてしまいました。
「先生、わたくし自分でしますよ」
そう申し上げましたのに、先生は真剣な面持ちで、包帯の先端に小さな鋏で切れ目を入れました。
ちまちまと細かな作業で、結び目を作っておられます。
その時、職員室の扉が開いて、歴史担当の先生が入っていらっしゃいました。
「あら、四年生の笠井さんね。どうしたの。怪我?」
「あ、はい。針で指をついてしまって」
「針で、指を?」
歴史の先生は、不思議そうにわたくしの指を凝視しておられます。
そうですよね。大げさですよね。こんなぐるぐる巻きの包帯なんて。
「高瀬先生。手当てなら、私が代わりますよ」
「いえ、お気遣いなく。受け持ちの生徒の手当ては、担任の仕事です」
「そういうものですか?」
歴史の先生は、なぜか薬箱だけではなく、裁縫箱に工具箱、それにお饅頭の菓子箱まで並んでいることに首をかしげていらっしゃいます。
授業に戻るとお裁縫の先生も文子さんも、学友たちも「大丈夫なの?」「そんなにひどかったの?」と心配してくださいます。
ですが、お手当てをしてくださったのが高瀬先生だと告げると、とくにお裁縫の先生が「見かけは怖いのに、意外と不器用なのね」と一刀両断でした。
確かに昔、切れた鼻緒を直そうと苦戦なさって、結局お清さんに取り上げられていたような。
そういうところも、かわいいなんて思うのは男性に対して失礼でしょうか。
◇◇◇
うーん。まただ。
俺は翠子さんの立ち去った後、腕を組んで自分の席に座っていた。
ちょうどこの時間は俺は授業も用事もなく、宿題の確認をしていた。
翠子さんの怪我の手当てを他の先生がしなくて済んだのは、幸運だった。だが、なぜあんなにも包帯が不格好になるんだ?
俺は、自分の左指を包帯で巻いてみた。きれいなもんだ。たるみもなく厚みもなく、すっと引き締まった包帯。ほらな、不器用でも何でもない。
ふと思い立って、裁縫箱から糸を取りだした。しつけ糸というのだろうか、少し太さのある糸だ。
その糸を輪にして、この間教えてもらったあやとりをしてみる。
すいすい、と絡まることなく、よくは分からないが何かの形が作られていく。自分自身の手を緊縛することもない。
やはりな。睨んだ通りだ。
俺は翠子さんが関わると冷静ではいられなくなり、とたんに不器用になるようだ。
自己分析ができるのはいい面もあるが、悪い面もある。
どれほど自分が翠子さんに弱くて甘いか、その事実を突きつけられるのだから。
「あー、惚れた弱みかなぁ」
机にひたいをつけて、両腕をだらりと下ろした時。背後から「ぷっ」という笑い声が聞こえた。
「いやー、いいものを見せてもらいましたよ」
驚いて振り返ると、油絵の具で派手に汚れた白衣を着た皆月先生が立っていた。
「高瀬先生、絵のモデルになりませんか?」
「なぜ」
「途方に暮れつつ、恋に身悶える青年。ね、悪くない題材でしょ」
「とことん悪いです」
絶対、そんな絵のモデルになどなるものか。俺は彼女に背を向けて、作業に戻った。
「大丈夫。着衣ですから」
「そういう問題じゃない」
「手ごわいですねぇ」
皆月先生は腕を組んで、さっきまで俺が格闘していた棚を見遣った。
ああ、翠子さんとすれ違いになってよかった。一緒にいるところ、しかも彼女の手当てをしているところを見られたら、どんなに揶揄われることだろう。
「棚にしまってある温泉まんじゅう、私の土産なんですよ。それをあげますから引き受けません?」
「俺は甘いものは苦手です」
「あらー。笠井さんにあげたら、きっと喜ぶと思うんですけどね」
脳裏に「まぁ、なんて美味しそう。いただいてもよろしいんですか」と、顔を輝かせる翠子さんの幻が浮かんだ。
いや、まんじゅうくらい俺が買えばいいことだ。自分を安売りするな、俺。
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