【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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六章

17、閑話 目の毒 ※銀司視点

 旦那さまに呼ばれ、ぼくは急いでお二人の部屋に向かった。
 今日は旦那さまの口調がいつもと違う。焦ったような様子だ。

 どうかしたんだろうか。怪我でもなさった?
 いや、あの方はご自分のことでは普段焦ることはない。
 大概、翠子さまに関することだ。

 翠子さまが怪我でもなさったんだろうか。だったら、俺よりもお清さんを呼んだ方がいい気がするんだが。

 慌てて廊下を進み、部屋の襖を勢いよく開ける。
 
「あの、何をしておいでなのですか?」

 自分の目に映ったものが信じられなかった。
 旦那さまと翠子さんが至近距離で向かい合い、二人そろって手首を縛り上げているのだから。
 丁寧な口調で問いかけはしたが、ぼくは内心でこう言っていた。

――あんたら、何やってんだ?

 えーと、なんだっけ? そういう趣味を開拓中? ぼくはよく分からないけど。
 
「み、見ないでください……」

 翠子さまが、今にも消えてしまいそうなか細い声で訴えてくる。

 いや、でもそのリボンを解けってことですよね。さらに二人を縛り上げろって意味でぼくを呼んだんじゃないですよね。見ないと、解放できませんよ。

 なんとか二人をいましめるリボンを鋏で切ると、翠子さまはその反動で後ろに傾いた。
 慌てて旦那さまが抱きとめて、倒れることはなかったが。別に怪我をするような場所じゃないでしょ。
 旦那さまって、こんなに過保護な方だったかなぁ。

 ぼくは旦那さまの手首に絡まったままのリボンを、するりと抜き取った。
 その時、旦那さまが少し眉を下げたのを、ぼくは見逃さなかった。
 なんで残念そうにしてるんですか?

 やっぱりもっと縛り上げてほしかったんですか? そもそも翠子さまに藤色のリボンは似合えど、目つきの鋭い旦那さまには到底似合いませんよ。

 ぼくは一つに結んだ翠子さまの髪に、リボンをつけてさしあげた。
 体力仕事が多いから、指はごついし腕も逞しいし、もともと褐色だった肌はこのところの晴天でさらに日焼けをしている。
 武骨なぼくにも繊細なリボンは似合わないが、意外とすんなりと結ぶことができた。
 それも蝶々が並んでとまっているような結び方だ。

 ご自分の姿を鏡で見た翠子さんは、とても嬉しそうに微笑んでいる。清楚で朗らかで、慎ましくて。当世の女学生は流行ばかりを追って、派手になりすぎているとの話も聞くが、翠子さまにはそんなところが見受けられない。

 だから、本当に信じられないんだ。
 昨日、この部屋に入った時に見た光景が。

◇◇◇

 旦那さまも翠子さんも夕ご飯を召し上がっていないとのことで、お清さんが心配していた。
 なのに、お清さんはお二人に声をかけようともしない。
 遠慮するような仲でもないのにと思い、ぼくは「銀司です。入りますよ」と声をかけた。
 返事はない。
 おかしいな。お二人ともいらっしゃるはずなのに。

 そーっと襖を開けて、言葉を失った。
 翠子さまが、旦那さまに組み敷かれていたからだ。

 確かにこれまでも、翠子さまがすすり泣く声を幾度となく聞いたことがある。
 翠子さんを抱え上げて、風呂に向かう旦那さまの姿も幾度となくお見掛けした。お二人がそういう関係であるのは、ちゃんと理解している。
 けど、旦那さまに抱かれている状態の翠子さまを目にしたのは、初めてだったんだ。

 白い肌を惜しげもなくさらし、翠子さんは眉根を寄せて苦痛の表情を浮かべていた。
 なのに、しばらくすると蕩けるように甘く喘ぎ、頬を上気させて旦那さまを受け入れている。
 しなやかな素足が動き、つまさきが敷布をたぐり寄せている。

「あ……ぁ、も……無理」
「いいよ。達しなさい」

 ぼくの気配に気づいたのだろうか、旦那さまと目が合った。
 しまった。覗いていると勘違いされるかも。いや、覗くつもりはなくとも結果的に覗いていることに変わりはないが。
 頭が混乱して動けないでいると、旦那さまがご自分の口の前に人差し指を立てて「しーっ」と声を出さずに仰った。

 旦那さまが出した指示は「出ていけ」ではなかった。「静かに黙っていなさい」ということだ。
 そうだよな。ぼくに見られていると知ったら、翠子さまが困るもんな。
 下手に動いたら、ここにいるとばれてしまう。そうしたら、彼女は深く恥じ入って、もう顔も合せてくれないに違いない。
……それは、嫌だな。

 翠子さまに対してそういう気持ちはない。それは断言できる。でも、ぼくはお二人が仲睦まじくしているのが、好きなんだ。
 旦那さまが他の女性を好きになるのは嫌だし、翠子さまが旦那さま以外の男性といるのを見るのも嫌だ。
 
 翠子さまからぼくが見えないように、旦那さまは腕を彼女の目が隠れる辺りに置いた。
 全身に愛情を受けて乱れる翠子さまは、ぼくが知っている彼女とは別人のようだ。
 旦那さまが、翠子さまをそう育てたんだ。

 ぼくは音を立てないように、襖をそっと閉めた。
 廊下を歩いて、しばらくしたところで壁にもたれて座り込んで頭を抱えた。
 なんか……いろいろと目に毒すぎる。
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