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七章
20、ひざまくら【2】
まぁ、なんて愛らしい。
わたくしは胸がきゅんと高鳴ってしまいました。
だって、膝で旦那さまが眠っていらっしゃるんですよ。それもとても安心したご様子で。
普段は眉根に力がこもっていらっしゃるのに、今はそれもなく。安心しきったご様子に、わたくしに心を許してくださっているのがよく分かります。
ええ、ええ。わたくしに甘えたかったんですよね。
なのに素直ではないから、膝枕を拒否なさったりして。でもね、今は二人だけ。存分に甘えていいんですよ。
できることなら、朝までずっとこうしていたいです。でも、少し足が痺れてきたかもしれません。
いえいえ、旦那さまの安眠を妨害してはなりません。
わたくしは、少し硬い旦那さまの髪を撫でながら、うっとりと寝顔を眺めました。
ああ、どうしましょう。旦那さまにキスの雨を降らせてしまいたい衝動に駆られます。
わたくしも時折されていますから。
無論、お召し物を剥いだりはいたしませんよ。淑女として、道に外れた行いはできませんからね。
「何してるんですか?」
突然声をかけられて、わたくしは弾かれたように顔を上げました。
びっくりしました。
だって、庭に銀司さんがいらっしゃるんですもの。銀司さんは桶を手に、井戸へと向かっています。きっと前栽のお花に水をあげるのでしょう。
「あの、あの……これは」
「へぇ。珍しい。こんな風に寝ちまうんですか。警戒心のかけらもありませんね」
わたくしは旦那さまの頭を膝にのせた状態なので、身動きが取れません。一方の銀司さんは、ここぞとばかりに旦那さまの寝顔を覗きこんでおられます。
どうしましょう。きっと旦那さまに知られたら、怒られますよね。
「このまま写真館に行って記念写真をとったら面白そうですよね。あー、でもそれだと旦那さまが目を覚ましちまいますか」
「いい考えです、銀司さん」
「いや、褒められても……」
銀司さんは頭を掻きながら、井戸の注ぎ口に桶を置きました。井戸のレバーを体重をかけて押すと、水がほとばしりました。
昼の間に熱せられた夏草は少し萎れていましたが。銀司さんが柄杓で水を撒くと、しだいに瑞々しさを戻します。
「旦那さまは心根は優しいんだけど。淡々とした人だから。恋とか愛とか興味ないんだと思ってました。実際、見合いの話もことごとく断ってらしたし。ぼくらは使用人だから、実際には男の一人暮らしみたいなもんで」
ぱしゃりと水を木の根元に撒きながら、銀司さんはぽつりぽつりと話し始めます。
「すんません。ぼく、しゃべるの下手というか、口が重いんで」
「いえ、気になりませんよ。わたくしだって、口下手なんですから」
銀司さんは、ぎこちなくも明るい笑顔を浮かべました。再び井戸のレバーを下げていますが、あまりにも勢いよく水が溢れだしています。
「お清さんが、時々『あのお嬢さん、どうしていらっしゃるでしょうね』と旦那さまに言ってるのを耳にしてたんですけど。それって、翠子さまのことだったんですね」
桶に入りきらない水が、どんどんこぼれて流れていきます。
「ぼくはこの家に来て、一人じゃなくなった。旦那さまも、翠子さまがいらして一人じゃなくなった。家の雰囲気がね、以前みたいな寂しさがなくなったんです」
「銀司さんは、嬉しいことを仰るんですね」
「いや、別に、その」
急に口ごもった銀司さんは、縁側に背を向けて再び水やりを始めました。そのせいでしょうか、吹く風に涼しさを感じます。
「雨……か?」
わたくしの膝で、旦那さまが眠たそうな声を出しました。
いけません。この愛らしい旦那さまが、目を覚ましてしまいます。心根はお優しいと思いますが、普段の意地悪を言ってにやにやしながら楽しんでいる旦那さまは、まだしばらく眠っていてくださらなくては。
旦那さまの肩に、とても軽くとんとん、と手を置きます。規則正しく、でもゆっくりとゆったりと。いかにも眠りを誘うように、ゆるやかに。
眠るのです。さぁ、もっと眠るのです。存分に眠って、かわいい寝顔を翠子に見せるのです。
「旦那さまは、眠っていらっしゃる時が天使ですよ。そう、地上に降りた天使なのです。さぁ、おやすみなさい」
「……うん」
「素直な旦那さまは、大好きですよ」
「……は……い」
寝言のように、旦那さまがかそけき声でお返事なさいます。
まぁぁ、こんないじらしい旦那さまを見るのは初めてです。
膝枕の効果は絶大ですね。
「翠子さまも、大概ですよね」
わたくしは銀司さんに向けて「しーっ」と人差し指を唇の前で立てました。
わたくしは胸がきゅんと高鳴ってしまいました。
だって、膝で旦那さまが眠っていらっしゃるんですよ。それもとても安心したご様子で。
普段は眉根に力がこもっていらっしゃるのに、今はそれもなく。安心しきったご様子に、わたくしに心を許してくださっているのがよく分かります。
ええ、ええ。わたくしに甘えたかったんですよね。
なのに素直ではないから、膝枕を拒否なさったりして。でもね、今は二人だけ。存分に甘えていいんですよ。
できることなら、朝までずっとこうしていたいです。でも、少し足が痺れてきたかもしれません。
いえいえ、旦那さまの安眠を妨害してはなりません。
わたくしは、少し硬い旦那さまの髪を撫でながら、うっとりと寝顔を眺めました。
ああ、どうしましょう。旦那さまにキスの雨を降らせてしまいたい衝動に駆られます。
わたくしも時折されていますから。
無論、お召し物を剥いだりはいたしませんよ。淑女として、道に外れた行いはできませんからね。
「何してるんですか?」
突然声をかけられて、わたくしは弾かれたように顔を上げました。
びっくりしました。
だって、庭に銀司さんがいらっしゃるんですもの。銀司さんは桶を手に、井戸へと向かっています。きっと前栽のお花に水をあげるのでしょう。
「あの、あの……これは」
「へぇ。珍しい。こんな風に寝ちまうんですか。警戒心のかけらもありませんね」
わたくしは旦那さまの頭を膝にのせた状態なので、身動きが取れません。一方の銀司さんは、ここぞとばかりに旦那さまの寝顔を覗きこんでおられます。
どうしましょう。きっと旦那さまに知られたら、怒られますよね。
「このまま写真館に行って記念写真をとったら面白そうですよね。あー、でもそれだと旦那さまが目を覚ましちまいますか」
「いい考えです、銀司さん」
「いや、褒められても……」
銀司さんは頭を掻きながら、井戸の注ぎ口に桶を置きました。井戸のレバーを体重をかけて押すと、水がほとばしりました。
昼の間に熱せられた夏草は少し萎れていましたが。銀司さんが柄杓で水を撒くと、しだいに瑞々しさを戻します。
「旦那さまは心根は優しいんだけど。淡々とした人だから。恋とか愛とか興味ないんだと思ってました。実際、見合いの話もことごとく断ってらしたし。ぼくらは使用人だから、実際には男の一人暮らしみたいなもんで」
ぱしゃりと水を木の根元に撒きながら、銀司さんはぽつりぽつりと話し始めます。
「すんません。ぼく、しゃべるの下手というか、口が重いんで」
「いえ、気になりませんよ。わたくしだって、口下手なんですから」
銀司さんは、ぎこちなくも明るい笑顔を浮かべました。再び井戸のレバーを下げていますが、あまりにも勢いよく水が溢れだしています。
「お清さんが、時々『あのお嬢さん、どうしていらっしゃるでしょうね』と旦那さまに言ってるのを耳にしてたんですけど。それって、翠子さまのことだったんですね」
桶に入りきらない水が、どんどんこぼれて流れていきます。
「ぼくはこの家に来て、一人じゃなくなった。旦那さまも、翠子さまがいらして一人じゃなくなった。家の雰囲気がね、以前みたいな寂しさがなくなったんです」
「銀司さんは、嬉しいことを仰るんですね」
「いや、別に、その」
急に口ごもった銀司さんは、縁側に背を向けて再び水やりを始めました。そのせいでしょうか、吹く風に涼しさを感じます。
「雨……か?」
わたくしの膝で、旦那さまが眠たそうな声を出しました。
いけません。この愛らしい旦那さまが、目を覚ましてしまいます。心根はお優しいと思いますが、普段の意地悪を言ってにやにやしながら楽しんでいる旦那さまは、まだしばらく眠っていてくださらなくては。
旦那さまの肩に、とても軽くとんとん、と手を置きます。規則正しく、でもゆっくりとゆったりと。いかにも眠りを誘うように、ゆるやかに。
眠るのです。さぁ、もっと眠るのです。存分に眠って、かわいい寝顔を翠子に見せるのです。
「旦那さまは、眠っていらっしゃる時が天使ですよ。そう、地上に降りた天使なのです。さぁ、おやすみなさい」
「……うん」
「素直な旦那さまは、大好きですよ」
「……は……い」
寝言のように、旦那さまがかそけき声でお返事なさいます。
まぁぁ、こんないじらしい旦那さまを見るのは初めてです。
膝枕の効果は絶大ですね。
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