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八章
17、花街
俺と琥太郎兄さんは、歓楽街の中でもさらに場末にある置屋へと向かった。
饐えたにおいに、息を止めたくなる。
「欧之丞みたいなお坊ちゃんには、厳しい場所やな」
「……否定はしない」
俺は表情を歪めて答えた。
格子の中で、女たちがだらしなく寝そべったり、煙草を吹かしたりしている。
あれは何という下着なのだろう。胸の部分がレースで、肩を露出して肩紐もレースで、とにかく透け透けだ。翠子さんがあんなものを身に着けていたら、ちゃんと服を着なさいと叱ってしまいそうな……。
いや、達比古は翠子さんにあの下着を着せて、客を取らせる予定だったんだよな。
考えるだけで、ぞっとする。
「ここに男爵令嬢が身を落としたら。まさに苦界や。毎夜男どもに嬲られ、心まで壊れてしまうやろ」
最初に見かけた置屋が、元々翠子さんが売られる予定の店だった。そして場末にあるこの置屋が、達比古が「正真正銘の男爵令嬢を売る」と話を持ちかけた店だ。
「さすがに私たちを客とは思わへんようやな。女どもも声をかけてこぉへん」
「客層が違いすぎるだろ」
「まぁええ。入るで、欧之丞」
琥太郎兄さんが、あごで入り口を指し示す。軋むドアを開いて店に入ると、格子の中の見世の女たちが一斉にざわめいた。
「あたしを選びなよ。もう小汚い男どもはたくさんなんだ」
「あんたに抱かれるのなら、お代はいらないよ」
翠子さんがあの格子の中に座り、男に選ばれ……俺以外の奴に身を任せるのか。
そう考えると爪が皮膚に食い込むほどに、拳を握りしめていた。
俺は相当に蒼白な顔をしていたのだろう。琥太郎兄さんに「おい、大丈夫か」と声をかけられて、はっとした。
その時、猛スピードで車が走ってきた。
花街の客たちは悲鳴を上げながら、左右に道を開ける。その黒塗りの車は、俺たちの……いや、正確には琥太郎兄さんの前で停まった。
◇◇◇
高瀬邸に乱入してきた男達から、銀司さんがわたくしを守ろうとしてくださいます。
ですが、わたくしの体は乱暴に縛り上げられました。
旦那さまがなさるような、柔らかな帯紐で手首を縛るのではなく、浴衣の上から荒縄をかけられます。
まるで罪人のように。肩から首にかけて、そして後ろ手で縄で縛られ、身動きが取れません。
「いいざまだな、翠子」
「……おじさま」
土足のままで部屋に入ってきたのは、達比古おじさまでした。無様に縛られたわたくしを見下ろしています。
「ああ、いい眺めだ。高瀬と言ったな。ここの主にも見せてやりたいものだ」
革靴の底で、わたくしは肩を踏みつけられました。
「おやめなさい。みっともない。自分のしていることが分かっているの?」
「偉そうな口をきくようになったものだ。あと少しで、お前の運命が変わってしまうというのにな」
おじさまはわたくしの肩を蹴飛ばすと、ポケットから半巾を出して、わたくしに猿ぐつわを噛ませました。
「……っ、うっ」
「はぁ? 何を言っているのか聞こえんなぁ。ほら、こいつを連れていけ」
命じられた男は、わたくしを肩に担ぎ上げます。浴衣の上からでもきつく縄が食い込んで、息苦しさを感じます。
旦那さま、旦那さま。
怖いです。苦しいです。
けれどわたくしの口からこぼれるのは、呻き声だけでした。
脳裏に浮かぶのは、今日見送った旦那さまの背中です。
「行かないで」と言いたかった。でも、これからのことを考えると、引き留めることなんてできっこない。
「翠子さまっ」
「翠子さんを返してください」
銀司さんとお清さんの声が聞こえます。それをおじさまは、鼻でふっと笑いました。
本当に、本当に憎らしい。
ですが、旦那さまが脅しをかけても懲りない男です。
こうして、その筋の人間に仕事を頼んだ以上、もうあなたは後戻りはできないんです。
わたくしは縛られたままで車に乗せられました。後ろの座席に転がされているのと、すでに辺りが暗くなっているので、車がどこを走っているのか分かりません。
饐えたにおいに、息を止めたくなる。
「欧之丞みたいなお坊ちゃんには、厳しい場所やな」
「……否定はしない」
俺は表情を歪めて答えた。
格子の中で、女たちがだらしなく寝そべったり、煙草を吹かしたりしている。
あれは何という下着なのだろう。胸の部分がレースで、肩を露出して肩紐もレースで、とにかく透け透けだ。翠子さんがあんなものを身に着けていたら、ちゃんと服を着なさいと叱ってしまいそうな……。
いや、達比古は翠子さんにあの下着を着せて、客を取らせる予定だったんだよな。
考えるだけで、ぞっとする。
「ここに男爵令嬢が身を落としたら。まさに苦界や。毎夜男どもに嬲られ、心まで壊れてしまうやろ」
最初に見かけた置屋が、元々翠子さんが売られる予定の店だった。そして場末にあるこの置屋が、達比古が「正真正銘の男爵令嬢を売る」と話を持ちかけた店だ。
「さすがに私たちを客とは思わへんようやな。女どもも声をかけてこぉへん」
「客層が違いすぎるだろ」
「まぁええ。入るで、欧之丞」
琥太郎兄さんが、あごで入り口を指し示す。軋むドアを開いて店に入ると、格子の中の見世の女たちが一斉にざわめいた。
「あたしを選びなよ。もう小汚い男どもはたくさんなんだ」
「あんたに抱かれるのなら、お代はいらないよ」
翠子さんがあの格子の中に座り、男に選ばれ……俺以外の奴に身を任せるのか。
そう考えると爪が皮膚に食い込むほどに、拳を握りしめていた。
俺は相当に蒼白な顔をしていたのだろう。琥太郎兄さんに「おい、大丈夫か」と声をかけられて、はっとした。
その時、猛スピードで車が走ってきた。
花街の客たちは悲鳴を上げながら、左右に道を開ける。その黒塗りの車は、俺たちの……いや、正確には琥太郎兄さんの前で停まった。
◇◇◇
高瀬邸に乱入してきた男達から、銀司さんがわたくしを守ろうとしてくださいます。
ですが、わたくしの体は乱暴に縛り上げられました。
旦那さまがなさるような、柔らかな帯紐で手首を縛るのではなく、浴衣の上から荒縄をかけられます。
まるで罪人のように。肩から首にかけて、そして後ろ手で縄で縛られ、身動きが取れません。
「いいざまだな、翠子」
「……おじさま」
土足のままで部屋に入ってきたのは、達比古おじさまでした。無様に縛られたわたくしを見下ろしています。
「ああ、いい眺めだ。高瀬と言ったな。ここの主にも見せてやりたいものだ」
革靴の底で、わたくしは肩を踏みつけられました。
「おやめなさい。みっともない。自分のしていることが分かっているの?」
「偉そうな口をきくようになったものだ。あと少しで、お前の運命が変わってしまうというのにな」
おじさまはわたくしの肩を蹴飛ばすと、ポケットから半巾を出して、わたくしに猿ぐつわを噛ませました。
「……っ、うっ」
「はぁ? 何を言っているのか聞こえんなぁ。ほら、こいつを連れていけ」
命じられた男は、わたくしを肩に担ぎ上げます。浴衣の上からでもきつく縄が食い込んで、息苦しさを感じます。
旦那さま、旦那さま。
怖いです。苦しいです。
けれどわたくしの口からこぼれるのは、呻き声だけでした。
脳裏に浮かぶのは、今日見送った旦那さまの背中です。
「行かないで」と言いたかった。でも、これからのことを考えると、引き留めることなんてできっこない。
「翠子さまっ」
「翠子さんを返してください」
銀司さんとお清さんの声が聞こえます。それをおじさまは、鼻でふっと笑いました。
本当に、本当に憎らしい。
ですが、旦那さまが脅しをかけても懲りない男です。
こうして、その筋の人間に仕事を頼んだ以上、もうあなたは後戻りはできないんです。
わたくしは縛られたままで車に乗せられました。後ろの座席に転がされているのと、すでに辺りが暗くなっているので、車がどこを走っているのか分かりません。
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