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八章
26、旅館【7】
「よーぉ、お早う。翠子さん」
身支度をして部屋を出たわたくし達を待っていたのは、琥太郎さんでした。背後には、見るからに強面のお兄さんを連れていらっしゃいます。
「お、おはようございます」
わたくしは旦那さまの左の背後に隠れながら、頭を下げました。
「まだ私のことが怖いん?」
「いえ、その」
琥太郎さんが一歩寄ってくるので、わたくしは旦那さまの右の背中に寄ります。なのに、また一歩を踏み出すから、今度は旦那さまの前にわたくしはまわりました。
しばらくそうして、旦那さまを支点に二人でぐるぐる回っておりました。
「そんな逃げんでも。別に堅気の人に手出しはせぇへんし」
「あ、あの。恥ずかしくて。わたくし……その」
「ああっ」
琥太郎さんは、ぽんっと手を叩きました。
「縄の痕は済まなかった。原に厳しく言うとくから。あと、欧之丞は翠子さんの肌にあんまり接吻の痕を残さん方がええ。執着しすぎて見ているこっちが……ぷぷっ」
ごめん、ごめんと言いながら、琥太郎さんは肩を震わせて笑っていらっしゃいます。
黙っていると怖そうですのに、旦那さま相手には気安いのかよくお笑いになります。
「翠子さん。声が気になるんなら、枕か布団で顔を押さえたらええで。そば殻とか綿が、あなたの愛らしいさえずりを吸収してくれるから。まぁ、欧之丞の指は名誉の負傷ってことで」
「なっ……」
わたくしは顔が真っ赤になるのを感じました。なのに琥太郎さんは涼しい表情で「私は女の裸は見慣れとうから。あなたのを目にしても気にせぇへん」と仰います。
「琥太兄は、ああいう人だ。これまで俺に彼女がいなかったから、単に被害がなかっただけなんだな」
「今は被害甚大です」
わたくしは旦那さまの胴にしがみついて、真っ赤に染まった顔を隠しました。旦那さまは、わたくしにくっつかれたままで、琥太郎さんと話を続けています。
「三木の家から骨董品を運び出し、競売にかける。それを骨董店への支払いに充てることになった。まぁ相当数の壺やら絵に掛け軸があるようやから。そこそこの値段にはなるやろ」
「助かるよ。謝礼は後で届けるから」
「友人価格にしといたるわ。もっと早くに相談しといてくれたら、翠子さんもあいつに付きまとわれずに済んだんやろけど」
琥太郎さんは、わたくしの頭にぽんっと手を置きました。
「これまで厄介な身内に追い回されて、よぉ我慢して頑張ったな」
「琥太郎さん……」
「お、初めて私のことを名前で呼んでくれたな」
ふいに琥太郎さんの手が、頭から離れたと思うと、わたくしは旦那さまの腕の中に閉じ込められていました。
「俺の将来の花嫁に、気安く触らないでもらおう。翠子さんも、どうして琥太郎兄さんのことをすぐに名前で呼べるのに、俺のことは滅多に名前で呼んでくれないんだ」
「へぇ、妬いとんのか」
琥太郎さんにからかわれた旦那さまは、ぎろりと彼を睨みつけました。幼馴染みとはいえ、相手は若頭です。気安いにも程があります。
「三條さま。お車がいらっしゃいました」
「ああ、すぐに行く」
旅館の女将が琥太郎さんを呼びに来ました。琥太郎さんは「一緒に乗って帰るやろ」と誘ってくださいましたが。
わたくしは旦那さまの服をきゅっと掴みました。
それだけで充分でした。
「いや、俺と翠子さんは汽車で帰るよ」
旦那さまが同乗をお断りになると、琥太郎さんは「あ、ああ。そうか。その方がええな」と納得してくださいました。
せっかくの心遣いでしたが、縛り上げられて叔父さまと同じ車に乗せられた恐怖は、まだ消えてくれません。
車寄せに向かう琥太郎さんたちを見送って、旦那さまとわたくしは駅へと向かいました。
身支度をして部屋を出たわたくし達を待っていたのは、琥太郎さんでした。背後には、見るからに強面のお兄さんを連れていらっしゃいます。
「お、おはようございます」
わたくしは旦那さまの左の背後に隠れながら、頭を下げました。
「まだ私のことが怖いん?」
「いえ、その」
琥太郎さんが一歩寄ってくるので、わたくしは旦那さまの右の背中に寄ります。なのに、また一歩を踏み出すから、今度は旦那さまの前にわたくしはまわりました。
しばらくそうして、旦那さまを支点に二人でぐるぐる回っておりました。
「そんな逃げんでも。別に堅気の人に手出しはせぇへんし」
「あ、あの。恥ずかしくて。わたくし……その」
「ああっ」
琥太郎さんは、ぽんっと手を叩きました。
「縄の痕は済まなかった。原に厳しく言うとくから。あと、欧之丞は翠子さんの肌にあんまり接吻の痕を残さん方がええ。執着しすぎて見ているこっちが……ぷぷっ」
ごめん、ごめんと言いながら、琥太郎さんは肩を震わせて笑っていらっしゃいます。
黙っていると怖そうですのに、旦那さま相手には気安いのかよくお笑いになります。
「翠子さん。声が気になるんなら、枕か布団で顔を押さえたらええで。そば殻とか綿が、あなたの愛らしいさえずりを吸収してくれるから。まぁ、欧之丞の指は名誉の負傷ってことで」
「なっ……」
わたくしは顔が真っ赤になるのを感じました。なのに琥太郎さんは涼しい表情で「私は女の裸は見慣れとうから。あなたのを目にしても気にせぇへん」と仰います。
「琥太兄は、ああいう人だ。これまで俺に彼女がいなかったから、単に被害がなかっただけなんだな」
「今は被害甚大です」
わたくしは旦那さまの胴にしがみついて、真っ赤に染まった顔を隠しました。旦那さまは、わたくしにくっつかれたままで、琥太郎さんと話を続けています。
「三木の家から骨董品を運び出し、競売にかける。それを骨董店への支払いに充てることになった。まぁ相当数の壺やら絵に掛け軸があるようやから。そこそこの値段にはなるやろ」
「助かるよ。謝礼は後で届けるから」
「友人価格にしといたるわ。もっと早くに相談しといてくれたら、翠子さんもあいつに付きまとわれずに済んだんやろけど」
琥太郎さんは、わたくしの頭にぽんっと手を置きました。
「これまで厄介な身内に追い回されて、よぉ我慢して頑張ったな」
「琥太郎さん……」
「お、初めて私のことを名前で呼んでくれたな」
ふいに琥太郎さんの手が、頭から離れたと思うと、わたくしは旦那さまの腕の中に閉じ込められていました。
「俺の将来の花嫁に、気安く触らないでもらおう。翠子さんも、どうして琥太郎兄さんのことをすぐに名前で呼べるのに、俺のことは滅多に名前で呼んでくれないんだ」
「へぇ、妬いとんのか」
琥太郎さんにからかわれた旦那さまは、ぎろりと彼を睨みつけました。幼馴染みとはいえ、相手は若頭です。気安いにも程があります。
「三條さま。お車がいらっしゃいました」
「ああ、すぐに行く」
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わたくしは旦那さまの服をきゅっと掴みました。
それだけで充分でした。
「いや、俺と翠子さんは汽車で帰るよ」
旦那さまが同乗をお断りになると、琥太郎さんは「あ、ああ。そうか。その方がええな」と納得してくださいました。
せっかくの心遣いでしたが、縛り上げられて叔父さまと同じ車に乗せられた恐怖は、まだ消えてくれません。
車寄せに向かう琥太郎さんたちを見送って、旦那さまとわたくしは駅へと向かいました。
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