【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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九章

2、手紙【1】

 休み時間、隣の席の文子さんが神妙な顔でわたくしの机に椅子を寄せました。
 もじもじと左右の指を組んでは、うつむいたり、窓の外に視線を向けたりと何か言いたげです。

「宿題を忘れたんですか? わたくしの数学、写します?」
「うん。それは写させてもらうけど……話したいのは別なことで」

 わたくしが差し出した筆記帳を受け取りながら、文子さんは「ありがとう」と小さく仰いました。

「三條組って、土建屋さんかしら」
「はい?」

 土建屋という、耳慣れない言葉を文子さんが発するものですから、わたくしは首をかしげました。
 でも、三條組って聞いたことがあります。最近、どこかで。でもわたくしは土木関係など疎いのですけど。

「あ、知らなければいいの。ちょっと何の会社か気になっただけだから」
「お話があるのでしたら、時間を取りますけど」

 次の授業は高瀬先生の数学ですから。宿題を写すのでしたら、急がなければなりません。

「ありがとう。じゃあ、明日の授業が終わってからどうかしら」
「そうですね。今日帰ったら、旦那さまに聞いておきますね」
「うん、お願いね」

 ぱらぱらと筆記帳をめくっていた文子さんが「ん?」と、手を止めました。指に挟んだ鉛筆をぷらぷらと動かしつつ、何かを吟味するように瞼を閉じています。

「疑問が二つあるわ。翠子さん。まずは一つ」

 文子さんが筆記帳の途中の頁を開いて、わたくしにお見せになります。
 そこには、なんと。わたくしが授業中に落書きした高瀬先生の似顔絵が。
 
「そ、それは違うんですっ!」
「何が違うんだ?」

 突然、頭の上から先生の声が聞こえてきて、わたくしは慌てて振り返りました。
 ひゃあ! どうしましょう。
 先生ご本人と、文子さんにまで落書きを見られてしまうなんて。

 なのに先生は文子さんの手から、筆記帳を取り上げます。そして、しげしげとご自分の似顔絵を眺めていらっしゃいます。

「なるほど、俺はこう見えているのか」
「違います。わたくしは絵が下手なのです。返してください」
「で、なぜ笠井さんの帳面を、深山さんが持っているんだ?」

 先生はわたくしに筆記帳を返しながら、文子さんの顔を覗きこんでおられます。
 文子さんは高瀬先生が苦手なので、すぐに顔を逸らしました。先生の取り巻きは上級生ばかりなので、誰かに嫌味を言われることはないのですけど。
 級友は、わたくし達を遠巻きにして関わらないようにしています。

 そうです。つい忘れていましたけど、高瀬先生は怖いのでした。
 先生は壁に掛かった時計を見上げると、わたくしの席の隣にある窓に背を預けました。

「授業までまだ少し時間がある。深山さんは、少しでも自分で問題を解くように。それから笠井さんは軽々しく筆記帳を貸さない」
「休み時間に教室に来るなんて、ずるいのでは」
「何か言ったか? 深山さん」

 先生にぎろりと睨まれて、文子さんは首だけでなく両手まで振っています。
 窓辺で腕を組んだ先生は、休み時間が終わるまでわたくし達を見張ることに決めたようです。

「先生。不躾な質問をお許しください」

 突然、文子さんがそう前置きしました。ですが、質問を口に出すことはなく、筆記帳の余白に何かを書きつけています。
 文子さんの席と先生のいらっしゃる窓辺は、わたくしの席を挟んでいますから。文子さんが筆記帳を先生に渡す際に、そこに書かれた文字がはっきりと見えました。

――高瀬先生は、翠子さんのことが好きなんですか?

◇◇◇

 深山さんは「不躾な質問」と言ったが。
 まさか、翠子さんのことが好きか? と直接尋ねてくるとは思わなかった。
 普通、もうちょっと鎌をかけたりしないか? 誘導尋問とかやらないか?
 君、さてはまっすぐな球しか投げられないんだな?
 
「俺は数学の質問には答えるが。興味本位の質問は却下だ」
「では、質問を変えます」

 深山さんは、またさらさらと何かを書きつけている。
 俺のことを怖いと脅えるくせに、妙に豪胆なところがあるよな。この子。
 
――似顔絵を描くということは、翠子さんは高瀬先生のことが好きなんですね。先生はそれにお気づきですね?

 またかよ。そんなのは、俺じゃなくて本人に訊けよ。
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