160 / 247
九章
12、パラソル【1】
旦那さまから恋文をいただいたわたくしは、まるで地面から少し足が浮いているような心地でした。
空はからりと晴れ上がり、綿菓子のような入道雲が見えています。
ああ、今なら雲の上も歩けそう。
「翠子さんは、どうしてそんなに浮かれているんだ?」
旦那さまが、わたくしに日傘を渡してくださいます。夏も盛りに近づき、日差しが強くなったので買ってくださったのです。
繊細なレースに縁どられた、白い日傘。
あまりにも可愛くて、ついくるくると回してしまいます。
「家宝が増えたからです」
「家宝……うちの?」
「わたくしのですよ。旦那さまからの恋文です」
わたくしの隣を歩く旦那さまに、日差しが降り注いでいるので。日傘を半分かざして差し上げます。
ですが身長差があるので、後ろに撫でつけた旦那さまの髪に、日傘が引っかかってしまいました。
「俺が持った方がよさそうだな」
結局、旦那さまが日傘を差しかけてくださいました。二人で半分こです。レースの模様を通した光が、地面にちらちらと落ちていきます。
「まったく、あなたといい銀司といい。なぜ、そういうものを家宝扱いにするのか」
「だって、旦那さまがくださったんですもの。大事に決まっているでしょう? マフラーと恋文で、二つです」
旦那さまの返事はありません。見上げれば、口元を手で覆っていらっしゃいます。
「銀司さんは、旦那さまのことが大好きなんですよ。わたくし、知っているんです」
高瀬邸にも、これまでよりも早く来て、仕事が始まる前と終わってからも何やら難しそうなお勉強をなさっています。
どうなさったのかと尋ねると「将来にわたり、お二人にお仕えするために必要だから」と仰っていました。
銀司さんは現在、高瀬家が所有している住宅で下宿なさっています。ですが、お酒を飲んで騒ぐ人も多いということで、仕事が終わってから勉強をするには不向きな環境だそうです。
なので旦那さまが、銀司さんが勉強で使えるようにと、この家の一部屋をお与えになったようです。
「銀司が泊まってくれるのなら、こちらも助かる」と、旦那さまは仰っていました。
「照れてらっしゃいます? 旦那さま」
「照れていますよ。お嬢さま。でも銀司に関しては、少し勘違いがあるな」
それがどんな勘違いなのか、教えては下さいませんでした。
「旦那さまの家宝は何なんですか?」
「家宝というか、宝でいいのかな」
「はい、ぜひ教えていただきたいです」
日傘の中は素敵です。これまでは近くの大学の学生さんがぶつかってきそうになって、少なからず危険を感じていたんですけど。
屋外ですのに、少しばかり閉ざされた世界のようで、学生さんたちに邪魔をされません。
本当に怖いんですよ。果たし状のようなものを握りしめて、突進してくる男性は。
「俺の宝は。そうだな……今、隣にいるな」
あまりにもさりげなく仰ったので、旦那さまの言葉を聞き逃しそうになりました。
「すみません。もう一度言ってもらえますか?」
「なんで? こんな至近距離で聞こえないはずがないだろ」
「でも、隣がどうとかって仰ったので。ちゃんと言ってくださらないと、分かりません」
わたくしは風呂敷包みを左手で持って、右手で旦那さまの半袖を引っ張りました。ですが、旦那さまはパラソルの柄をくるくると回すばかりで、知らん顔をなさっています。
「あのな、翠子さん。そういうことは、一度耳にしたらちゃんと心に留めておくもんだ」
「もう一回。一回だけですから。リピート、アフターミー」
「その英語、完っ璧に間違っているからな」
「あ、そうでした」
「何が『あ、そうでした』だ。怪しいもんだな」
まったくもう、と旦那さまがため息をおつきになりました。
空はからりと晴れ上がり、綿菓子のような入道雲が見えています。
ああ、今なら雲の上も歩けそう。
「翠子さんは、どうしてそんなに浮かれているんだ?」
旦那さまが、わたくしに日傘を渡してくださいます。夏も盛りに近づき、日差しが強くなったので買ってくださったのです。
繊細なレースに縁どられた、白い日傘。
あまりにも可愛くて、ついくるくると回してしまいます。
「家宝が増えたからです」
「家宝……うちの?」
「わたくしのですよ。旦那さまからの恋文です」
わたくしの隣を歩く旦那さまに、日差しが降り注いでいるので。日傘を半分かざして差し上げます。
ですが身長差があるので、後ろに撫でつけた旦那さまの髪に、日傘が引っかかってしまいました。
「俺が持った方がよさそうだな」
結局、旦那さまが日傘を差しかけてくださいました。二人で半分こです。レースの模様を通した光が、地面にちらちらと落ちていきます。
「まったく、あなたといい銀司といい。なぜ、そういうものを家宝扱いにするのか」
「だって、旦那さまがくださったんですもの。大事に決まっているでしょう? マフラーと恋文で、二つです」
旦那さまの返事はありません。見上げれば、口元を手で覆っていらっしゃいます。
「銀司さんは、旦那さまのことが大好きなんですよ。わたくし、知っているんです」
高瀬邸にも、これまでよりも早く来て、仕事が始まる前と終わってからも何やら難しそうなお勉強をなさっています。
どうなさったのかと尋ねると「将来にわたり、お二人にお仕えするために必要だから」と仰っていました。
銀司さんは現在、高瀬家が所有している住宅で下宿なさっています。ですが、お酒を飲んで騒ぐ人も多いということで、仕事が終わってから勉強をするには不向きな環境だそうです。
なので旦那さまが、銀司さんが勉強で使えるようにと、この家の一部屋をお与えになったようです。
「銀司が泊まってくれるのなら、こちらも助かる」と、旦那さまは仰っていました。
「照れてらっしゃいます? 旦那さま」
「照れていますよ。お嬢さま。でも銀司に関しては、少し勘違いがあるな」
それがどんな勘違いなのか、教えては下さいませんでした。
「旦那さまの家宝は何なんですか?」
「家宝というか、宝でいいのかな」
「はい、ぜひ教えていただきたいです」
日傘の中は素敵です。これまでは近くの大学の学生さんがぶつかってきそうになって、少なからず危険を感じていたんですけど。
屋外ですのに、少しばかり閉ざされた世界のようで、学生さんたちに邪魔をされません。
本当に怖いんですよ。果たし状のようなものを握りしめて、突進してくる男性は。
「俺の宝は。そうだな……今、隣にいるな」
あまりにもさりげなく仰ったので、旦那さまの言葉を聞き逃しそうになりました。
「すみません。もう一度言ってもらえますか?」
「なんで? こんな至近距離で聞こえないはずがないだろ」
「でも、隣がどうとかって仰ったので。ちゃんと言ってくださらないと、分かりません」
わたくしは風呂敷包みを左手で持って、右手で旦那さまの半袖を引っ張りました。ですが、旦那さまはパラソルの柄をくるくると回すばかりで、知らん顔をなさっています。
「あのな、翠子さん。そういうことは、一度耳にしたらちゃんと心に留めておくもんだ」
「もう一回。一回だけですから。リピート、アフターミー」
「その英語、完っ璧に間違っているからな」
「あ、そうでした」
「何が『あ、そうでした』だ。怪しいもんだな」
まったくもう、と旦那さまがため息をおつきになりました。
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
「職場では隙のない完璧な先輩が、家ではゆるニットで甘えてくる。それでも彼女は、まだ俺の恋人じゃない」
まさき
恋愛
会社では完璧で、誰も近づけない先輩。
そんな彼女と、俺は同じ部屋で暮らしている。
「…おかえり」
ゆるニット姿の彼女は、家でだけ甘い声を出す。
近い。甘い。それでも――
「ちゃんと付き合ってから」
彼女は知っている。自分が好きになりすぎることを。
嫌われるのが怖くて、迷惑になるのが怖くて。
だから一歩手前で、いつも笑って止まる。
最初から好きなくせに、言えない彼女と。
気づいているのに、待っている俺の話。