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九章
30、閑話 旦那さまのお友達【4】※銀司視点
「欧之丞はなぁ、融通がきかへんっていうか。生真面目やからな。言い寄ってくる女性とか、適当に相手しとったらええのに。いちいち断るもんやから、執着されてしまうねんな」
琥太郎さんは、遠い目をしていた。
その瞳に映っているのは、学生の頃にこの街を離れて旦那さまと同じ下宿だったという日々のことだろうか。
下宿していたぼくの周囲には、学のある奴はいない。琥太郎さんはヤクザだけど、なぜか私学の大学を出ていて妙にインテリだ。
「あほやろ。えらい昔に一回だけ出会った、女の子が忘れられへんゆうて。しかも欧之丞は大学生やったのに、相手の子ぉは子どもやで。幼女好きの性癖なんかないくせに。どこの光源氏やねん。いっそ若紫ちゃん計画を発動したらええのに、それすらもせぇへん」
「……仰ってる意味がよく分かりませんが」
「拉致って監禁して、自分好みに育てたらええねん、ってことや」
あまりにもさらりと言われて、ぼくは息を呑んだ。
いや、駄目でしょ。女の子を拉致って監禁したら。
それ、逃げることはできないけど。絶対にその男のことを好きになったりしませんよ。
ヤクザさんの考えることは、えげつないな。
「まぁな。欧之丞が変な女につかまるんやったら、兄貴分としてはその女に脅しかけたろかと思たけど。若紫ちゃんやったら、ええわ。んー、翠子やから若翠ちゃんかな?」
「あのー、後学のためにお聞きしますけど。もし、翠子さまじゃない相手と旦那さまが付き合った場合は、どのように?」
待て、何を聞いているんだ。ぼく。
そう自分に突っ込みを入れたが、すでに口から出てしまった言葉は取り返しがつかない。
琥太郎さんは瓦斯燈の明かりに、持っていた紙袋を上げた。温かな明かりを透かして、なにやら花模様が透けて見える。
ヤクザと花? なにゆえに?
「せやなぁ、どうしたろかな。うちの組員にでも誘惑させよか、その女。で、濡れ場に欧之丞を踏み込ませて……って、あかんわ。そもそも欧之丞が嫉妬するとも思われへん」
「しなさそうですね」
「な、困るやろ。自分の彼女に熨斗つけて、相手にあげそうやん。まぁ、積年の思いが実ってよかったんちゃう?」
琥太郎さんは手首につけた腕時計を確認した。
そしておもむろに立ち上がる。
ヤクザだけど身のこなしが綺麗で、無駄な動きがない。洗練されているっていうのだろうか。
まぁ、喋っているのが関西弁なので、アレだけど。
「フォーリンラブっちゅうのは、ええな。ボーイミーツガールでもええけどな。南国ボーイは、故郷にそういう人おらへんの?」
「い、いません」
「ふぅん」
琥太郎さんはもの言いたげに、肩越しに振り返った。そして手にした背広から紙と万年筆を取りだして、何やら書きつけた。
『そこらぢゅう あんらのかをりが みちてゐる なみおとさへも ことのはさへも』
さらさらと夜の帳の色のインクで書かれた文字。
何が書いてあるのやら、さっぱり分からない。理解不能だ。
「分からんかったら、欧之丞に訊いてみ。あいつ数学教師のくせに、意外とそういうの読み取れるから。まぁ、私に付き合って子どもの頃から読書ばっかりしとったせいやけどな」
「読書、ですか」
「せや。欧之丞が虫捕り網もってきてんのに、結局三條組で二人して本を読んどったんや。なんで、わざわざ気色悪い虫を捕まえに、森やの雑木林やの行かなあかんねん、思て」
「……今、旦那さまがかわいそうに思えました」
「セミやら蝶々やら採取するよりも、言葉や文学を集めた方がええで。せや、さっきの話やけど、お清さんに伝えてくれたらええわ」
さっきの話とは何だろう、とぼくは紙切れを手にしたまま首を傾げた。
「翠子さんがお友達をお出かけする日のことや。時間も頼むで。私もそんなに暇とちゃうからな」
「それをお清さんに教えるんですか? で、どうしてお清さんから琥太郎さんに?」
琥太郎さんは、遠い目をしていた。
その瞳に映っているのは、学生の頃にこの街を離れて旦那さまと同じ下宿だったという日々のことだろうか。
下宿していたぼくの周囲には、学のある奴はいない。琥太郎さんはヤクザだけど、なぜか私学の大学を出ていて妙にインテリだ。
「あほやろ。えらい昔に一回だけ出会った、女の子が忘れられへんゆうて。しかも欧之丞は大学生やったのに、相手の子ぉは子どもやで。幼女好きの性癖なんかないくせに。どこの光源氏やねん。いっそ若紫ちゃん計画を発動したらええのに、それすらもせぇへん」
「……仰ってる意味がよく分かりませんが」
「拉致って監禁して、自分好みに育てたらええねん、ってことや」
あまりにもさらりと言われて、ぼくは息を呑んだ。
いや、駄目でしょ。女の子を拉致って監禁したら。
それ、逃げることはできないけど。絶対にその男のことを好きになったりしませんよ。
ヤクザさんの考えることは、えげつないな。
「まぁな。欧之丞が変な女につかまるんやったら、兄貴分としてはその女に脅しかけたろかと思たけど。若紫ちゃんやったら、ええわ。んー、翠子やから若翠ちゃんかな?」
「あのー、後学のためにお聞きしますけど。もし、翠子さまじゃない相手と旦那さまが付き合った場合は、どのように?」
待て、何を聞いているんだ。ぼく。
そう自分に突っ込みを入れたが、すでに口から出てしまった言葉は取り返しがつかない。
琥太郎さんは瓦斯燈の明かりに、持っていた紙袋を上げた。温かな明かりを透かして、なにやら花模様が透けて見える。
ヤクザと花? なにゆえに?
「せやなぁ、どうしたろかな。うちの組員にでも誘惑させよか、その女。で、濡れ場に欧之丞を踏み込ませて……って、あかんわ。そもそも欧之丞が嫉妬するとも思われへん」
「しなさそうですね」
「な、困るやろ。自分の彼女に熨斗つけて、相手にあげそうやん。まぁ、積年の思いが実ってよかったんちゃう?」
琥太郎さんは手首につけた腕時計を確認した。
そしておもむろに立ち上がる。
ヤクザだけど身のこなしが綺麗で、無駄な動きがない。洗練されているっていうのだろうか。
まぁ、喋っているのが関西弁なので、アレだけど。
「フォーリンラブっちゅうのは、ええな。ボーイミーツガールでもええけどな。南国ボーイは、故郷にそういう人おらへんの?」
「い、いません」
「ふぅん」
琥太郎さんはもの言いたげに、肩越しに振り返った。そして手にした背広から紙と万年筆を取りだして、何やら書きつけた。
『そこらぢゅう あんらのかをりが みちてゐる なみおとさへも ことのはさへも』
さらさらと夜の帳の色のインクで書かれた文字。
何が書いてあるのやら、さっぱり分からない。理解不能だ。
「分からんかったら、欧之丞に訊いてみ。あいつ数学教師のくせに、意外とそういうの読み取れるから。まぁ、私に付き合って子どもの頃から読書ばっかりしとったせいやけどな」
「読書、ですか」
「せや。欧之丞が虫捕り網もってきてんのに、結局三條組で二人して本を読んどったんや。なんで、わざわざ気色悪い虫を捕まえに、森やの雑木林やの行かなあかんねん、思て」
「……今、旦那さまがかわいそうに思えました」
「セミやら蝶々やら採取するよりも、言葉や文学を集めた方がええで。せや、さっきの話やけど、お清さんに伝えてくれたらええわ」
さっきの話とは何だろう、とぼくは紙切れを手にしたまま首を傾げた。
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