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十章
5、甘酸っぱいときめき【2】
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「初恋って実らないというけど。どうだった?」
椅子に座っていた文子さんが立ち上がって、裁板に身を乗り出してきます。
余計なお世話かもしれませんけど、切った型紙を配置した方がいいと思うんですが。
「ちゃんと実りましたよ」
「え、でも。高瀬先生とお付き合いしているのよね。まさか、それ以前にも殿方とお付き合いを?」
いえいえ、とわたくしは首を振りました。急いで否定しておかなければ、誤解されてしまいます。
「初恋のお相手が先生だったと気づくのに、ずいぶんと回り道をしてしまいました」
「えっ。そんな昔に先生と出会っていたの?」
「そうなんです。偶然の再会ですよね」
「……あやしいもんだわ。だって高瀬先生よ」
あのー、文子さん。ちょっとやさぐれていませんか? あと、先生に対する評価がなぜかいつも低めですよね。
お相手が琥太郎さんですから、わたくしは文子さんに「お付き合いなさったら」とも「やめておいた方がいいですよ」とも言えません。
選ぶのは彼女自身ですし、琥太郎さんも焦っておられるようでもないので、時間をかけて考えるのが一番なのではないでしょうか。
「わたし、教室に忘れ物をしていたみたい。ちょっと見てくるわ」
文子さんは、廊下へと出ていきました。
その手には、風呂敷包みから取り出した、花柄の水彩画が描かれた封筒を持っています。
ヤクザな人って、有無を言わせずに女性を攫っていくイメージがあったんですけど。琥太郎さんはきっと紳士なのですね。
でも、どこで文子さんを見初めたのでしょう。女学生とヤクザ。普通、接点はありませんよね。
わたくしも三條組の近くを通りかかることはありますけど。強面の人たちと会話することなんて、ありませんもの。
その時、裁縫室の扉が開きました。
文子さんが戻って来たのかと思ったけれど、そうではありませんでした。
「あれ。翠子さん一人なのか? 深山さんは?」
「先生っ」
裁縫室に現れたのは、高瀬先生でした。わたくしは嬉しくなって、立ち上がり扉へと小走りに向かいます。
放課後の教室で先生を待っていた時もそうですけど。なぜか、学校でも家でも姿をお見掛けすると、走り寄るくせがついてしまっているんです。
ぽすん、と先生の胸に飛び込みます。今は他に誰もいないんですもの。いいですよね?
そんなわたくしを、先生は優しい笑顔で抱きとめてくださいました。
いつもの檸檬と薄荷の香りに包まれて、安心感が満ちていきます。
「二時間ぶりかな」
「それくらいかしら」
「さっきは寂しかったぞ。挨拶しかできなかったんだからな」
あら? 裁縫室を使う際の注意を、たくさんされた気がするのですけど。
でも、確かに注意事項ですものね。お喋りとは言えません。
互いに見つめあって、にっこりと微笑みます。
もう、わたくしったら先生のことが好きすぎますよ。自分でも呆れるくらいです。
「そういえば、休暇中の課題は何なんだ?」
「子ども服ですよ。将来のために、今から練習なんですって」
「子ども? 俺と翠子さんの?」
「ええ、勿論。わたくし、先生以外の他の人の子どもを産むことなんて、ありえませんもの」
先生にしがみついたままで、顔を見上げます。返事がないですね、と思って待っていると、先生はわたくしの肩に顔を埋めました。
なぜでしょう。どうしてお顔がそんなに熱いんですか? わたくしの肩まで、じんわりと熱を帯びていきます。
「先生?」
「いや、何でもない。裁縫の先生も、とんでもない宿題を出したものだなと思って。だが、もう一度言ってくれないか?」
「『先生?』ですか」
「いや、その前の言葉だ」
「『今から練習なんですって』」
「ちょっと戻りすぎたな」
無理を仰らないで。
そう考えて、自分の発した言葉を思い出します。
ええ、思いだしました。そしてわたくしまで赤面しました。
今は他に誰もいないからといって、ここは学校ですのに。わたくしったら、なんて破廉恥なことを口走ったのでしょう。
「翠子さん」
「いえ。わたくし、何を言ったのか覚えていません。ええ、きれいさっぱり忘れてしまいました」
「そういう意地悪を言わずに」
「駄目です。先生こそ、覚えていらっしゃるのに翠子に意地悪するんですもの」
「覚えているけど、翠子さんの口から聞きたいんだ。ああ、本当にニッポノホンがほしい」
ニッポノホンって確か、蓄音機です。それに、わたくしの恥ずかしい科白を録音しようというのですね。そんな企みには乗りませんよ。
椅子に座っていた文子さんが立ち上がって、裁板に身を乗り出してきます。
余計なお世話かもしれませんけど、切った型紙を配置した方がいいと思うんですが。
「ちゃんと実りましたよ」
「え、でも。高瀬先生とお付き合いしているのよね。まさか、それ以前にも殿方とお付き合いを?」
いえいえ、とわたくしは首を振りました。急いで否定しておかなければ、誤解されてしまいます。
「初恋のお相手が先生だったと気づくのに、ずいぶんと回り道をしてしまいました」
「えっ。そんな昔に先生と出会っていたの?」
「そうなんです。偶然の再会ですよね」
「……あやしいもんだわ。だって高瀬先生よ」
あのー、文子さん。ちょっとやさぐれていませんか? あと、先生に対する評価がなぜかいつも低めですよね。
お相手が琥太郎さんですから、わたくしは文子さんに「お付き合いなさったら」とも「やめておいた方がいいですよ」とも言えません。
選ぶのは彼女自身ですし、琥太郎さんも焦っておられるようでもないので、時間をかけて考えるのが一番なのではないでしょうか。
「わたし、教室に忘れ物をしていたみたい。ちょっと見てくるわ」
文子さんは、廊下へと出ていきました。
その手には、風呂敷包みから取り出した、花柄の水彩画が描かれた封筒を持っています。
ヤクザな人って、有無を言わせずに女性を攫っていくイメージがあったんですけど。琥太郎さんはきっと紳士なのですね。
でも、どこで文子さんを見初めたのでしょう。女学生とヤクザ。普通、接点はありませんよね。
わたくしも三條組の近くを通りかかることはありますけど。強面の人たちと会話することなんて、ありませんもの。
その時、裁縫室の扉が開きました。
文子さんが戻って来たのかと思ったけれど、そうではありませんでした。
「あれ。翠子さん一人なのか? 深山さんは?」
「先生っ」
裁縫室に現れたのは、高瀬先生でした。わたくしは嬉しくなって、立ち上がり扉へと小走りに向かいます。
放課後の教室で先生を待っていた時もそうですけど。なぜか、学校でも家でも姿をお見掛けすると、走り寄るくせがついてしまっているんです。
ぽすん、と先生の胸に飛び込みます。今は他に誰もいないんですもの。いいですよね?
そんなわたくしを、先生は優しい笑顔で抱きとめてくださいました。
いつもの檸檬と薄荷の香りに包まれて、安心感が満ちていきます。
「二時間ぶりかな」
「それくらいかしら」
「さっきは寂しかったぞ。挨拶しかできなかったんだからな」
あら? 裁縫室を使う際の注意を、たくさんされた気がするのですけど。
でも、確かに注意事項ですものね。お喋りとは言えません。
互いに見つめあって、にっこりと微笑みます。
もう、わたくしったら先生のことが好きすぎますよ。自分でも呆れるくらいです。
「そういえば、休暇中の課題は何なんだ?」
「子ども服ですよ。将来のために、今から練習なんですって」
「子ども? 俺と翠子さんの?」
「ええ、勿論。わたくし、先生以外の他の人の子どもを産むことなんて、ありえませんもの」
先生にしがみついたままで、顔を見上げます。返事がないですね、と思って待っていると、先生はわたくしの肩に顔を埋めました。
なぜでしょう。どうしてお顔がそんなに熱いんですか? わたくしの肩まで、じんわりと熱を帯びていきます。
「先生?」
「いや、何でもない。裁縫の先生も、とんでもない宿題を出したものだなと思って。だが、もう一度言ってくれないか?」
「『先生?』ですか」
「いや、その前の言葉だ」
「『今から練習なんですって』」
「ちょっと戻りすぎたな」
無理を仰らないで。
そう考えて、自分の発した言葉を思い出します。
ええ、思いだしました。そしてわたくしまで赤面しました。
今は他に誰もいないからといって、ここは学校ですのに。わたくしったら、なんて破廉恥なことを口走ったのでしょう。
「翠子さん」
「いえ。わたくし、何を言ったのか覚えていません。ええ、きれいさっぱり忘れてしまいました」
「そういう意地悪を言わずに」
「駄目です。先生こそ、覚えていらっしゃるのに翠子に意地悪するんですもの」
「覚えているけど、翠子さんの口から聞きたいんだ。ああ、本当にニッポノホンがほしい」
ニッポノホンって確か、蓄音機です。それに、わたくしの恥ずかしい科白を録音しようというのですね。そんな企みには乗りませんよ。
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