【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
184 / 247
十章

5、甘酸っぱいときめき【2】

しおりを挟む
「初恋って実らないというけど。どうだった?」

 椅子に座っていた文子さんが立ち上がって、裁板に身を乗り出してきます。
 余計なお世話かもしれませんけど、切った型紙を配置した方がいいと思うんですが。

「ちゃんと実りましたよ」
「え、でも。高瀬先生とお付き合いしているのよね。まさか、それ以前にも殿方とお付き合いを?」

 いえいえ、とわたくしは首を振りました。急いで否定しておかなければ、誤解されてしまいます。

「初恋のお相手が先生だったと気づくのに、ずいぶんと回り道をしてしまいました」
「えっ。そんな昔に先生と出会っていたの?」
「そうなんです。偶然の再会ですよね」
「……あやしいもんだわ。だって高瀬先生よ」

 あのー、文子さん。ちょっとやさぐれていませんか? あと、先生に対する評価がなぜかいつも低めですよね。
 
 お相手が琥太郎さんですから、わたくしは文子さんに「お付き合いなさったら」とも「やめておいた方がいいですよ」とも言えません。
 選ぶのは彼女自身ですし、琥太郎さんも焦っておられるようでもないので、時間をかけて考えるのが一番なのではないでしょうか。

「わたし、教室に忘れ物をしていたみたい。ちょっと見てくるわ」

 文子さんは、廊下へと出ていきました。
 その手には、風呂敷包みから取り出した、花柄の水彩画が描かれた封筒を持っています。

 ヤクザな人って、有無を言わせずに女性を攫っていくイメージがあったんですけど。琥太郎さんはきっと紳士なのですね。

 でも、どこで文子さんを見初めたのでしょう。女学生とヤクザ。普通、接点はありませんよね。
 わたくしも三條組の近くを通りかかることはありますけど。強面の人たちと会話することなんて、ありませんもの。

 その時、裁縫室の扉が開きました。
 文子さんが戻って来たのかと思ったけれど、そうではありませんでした。

「あれ。翠子さん一人なのか? 深山さんは?」
「先生っ」

 裁縫室に現れたのは、高瀬先生でした。わたくしは嬉しくなって、立ち上がり扉へと小走りに向かいます。
 放課後の教室で先生を待っていた時もそうですけど。なぜか、学校でも家でも姿をお見掛けすると、走り寄るくせがついてしまっているんです。

 ぽすん、と先生の胸に飛び込みます。今は他に誰もいないんですもの。いいですよね?
 そんなわたくしを、先生は優しい笑顔で抱きとめてくださいました。
 いつもの檸檬と薄荷の香りに包まれて、安心感が満ちていきます。

「二時間ぶりかな」
「それくらいかしら」
「さっきは寂しかったぞ。挨拶しかできなかったんだからな」

 あら? 裁縫室を使う際の注意を、たくさんされた気がするのですけど。
 でも、確かに注意事項ですものね。お喋りとは言えません。

 互いに見つめあって、にっこりと微笑みます。
 もう、わたくしったら先生のことが好きすぎますよ。自分でも呆れるくらいです。
 
「そういえば、休暇中の課題は何なんだ?」
「子ども服ですよ。将来のために、今から練習なんですって」
「子ども? 俺と翠子さんの?」
「ええ、勿論。わたくし、先生以外の他の人の子どもを産むことなんて、ありえませんもの」

 先生にしがみついたままで、顔を見上げます。返事がないですね、と思って待っていると、先生はわたくしの肩に顔を埋めました。
 なぜでしょう。どうしてお顔がそんなに熱いんですか? わたくしの肩まで、じんわりと熱を帯びていきます。

「先生?」
「いや、何でもない。裁縫の先生も、とんでもない宿題を出したものだなと思って。だが、もう一度言ってくれないか?」

「『先生?』ですか」
「いや、その前の言葉だ」
「『今から練習なんですって』」
「ちょっと戻りすぎたな」

 無理を仰らないで。
 そう考えて、自分の発した言葉を思い出します。
 ええ、思いだしました。そしてわたくしまで赤面しました。

 今は他に誰もいないからといって、ここは学校ですのに。わたくしったら、なんて破廉恥なことを口走ったのでしょう。

「翠子さん」
「いえ。わたくし、何を言ったのか覚えていません。ええ、きれいさっぱり忘れてしまいました」

「そういう意地悪を言わずに」
「駄目です。先生こそ、覚えていらっしゃるのに翠子に意地悪するんですもの」
「覚えているけど、翠子さんの口から聞きたいんだ。ああ、本当にニッポノホンがほしい」

 ニッポノホンって確か、蓄音機です。それに、わたくしの恥ずかしい科白を録音しようというのですね。そんな企みには乗りませんよ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!? 恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...