【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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九章

29、閑話 旦那さまのお友達【3】※銀司視点

「そういえば。うちの親も、欧之丞のこと可愛がっとったわ」
「……三條組の組長と奥さん、ということですよね」

「せやで」と、琥太郎さんは目を細めた。
 
「ほんまは私と欧之丞の二人に、組を継いでほしかったんとちゃうかな。まぁ、世の中そううまくはいかんけどな」

 ぼくは星の瞬く空を見上げて考えた。
 故郷の島ほどたくさんの星は見えないけど、それでも星座くらいは分かる。

 琥太郎さんは文学がお好きだから、たぶん本当は極道とか向いていないんだろう。
 三條組の組長さんは、何度かお見掛けしたことがある。
 立ち居振る舞いは静かなのに、ただそこにいるだけで威厳があるというか。こんな言い方をしたら申し訳ないけど、優男に見える琥太郎さんとはずいぶんと印象が違う。

「もしかして琥太郎さんは、母親似なんですか?」
「なんや、急に」

 ぼくの突然の質問に、琥太郎さんは目を丸くした。うちの旦那さまみたいな三白眼ではなくて、少し淡い黒目は大きい。
 湿った海風が、若頭の柔らかな栗色の髪をそっと撫でた。

「いえ、組長みたいにいかつくないんで」
「それやねん」

 突然、大きなため息をついて、琥太郎さんはうなだれた。
 はっ。しまった。
 極道相手に、見た目が怖くないというのは禁句なのか? やっぱり顔面凶器くらいの顔立ちじゃないと、嘗められてしまうのか?
 
 けど「平気です。琥太郎さんの顔、怖いです」なんて、褒め言葉にはならないよな。
 あー、困った。相手が堅気じゃないと、何が正解なのか分からない。

「ほんま困っとんのや。ほら、母親に似たせいで美人の顔立ちやろ。昔から、もててしもてな」
「……それ、さりげなく自慢してませんか?」

 もーう、心配して損した。なんだよ。
 ぼくは、少し頬を膨らませた。子どもじみた仕草だから、すぐにやめたけど。

「そういうけどな。好きでもない相手からもてても困るで。南国ボーイはそう思わへんか?」
「好いた相手にも、好かれたことがないですが?」
「それは……まぁ、なんというか。大丈夫か?」

 微妙な言葉で慰めないでください。余計に傷つくんで。あと、微妙に目元が笑ってますよね。

 琥太郎さんは、瓦斯燈に集まる蛾を眺めていた。

 そういえば旦那さまから聞いたことがある。琥太郎さんの母親は、若い頃から体が弱くて、長らく瀬戸内の島で療養していると。
 組長も、妻に付き添っていることが多いから、三條組を取り仕切っているのは琥太郎さんだ。

 ヤクザのお嫁さんって、いわゆる「姐さん」で、美人で怖くて高そうな和服を着こなしていて、ドスを握りしめている印象だけど。
 そういうのとは全然違うのか、琥太郎さんの所は。

 旦那さまは、こう仰っていた。

――三條組の組長はいとさんが大好きだからな。昔っからベタ甘なんだよ、あの夫婦は。琥太兄と俺とで、子どもの頃「ヒューヒュー」って冷やかしてたな。

 なんて嫌なガキ……子ども達なんだ。
 でも、そういう人たちに可愛がられていたから、不幸な生い立ちでも旦那さまはまっすぐに……いや、ひねくれてるか。まぁ、いじけたりせずに育ったんだな。

「蛾と蝶って、見分けがつきにくいなぁ」

 まだ蛾を見つめていたのかと、ぼくはちょっと驚いた。
 
「とまった時に翅を閉じるのが蝶で、翅を広げたままなのが蛾ですよ」
「うん。そうやねんけど」

 岸壁に寄せる波は穏やかで、ひたひたという水音として聞こえてくる。
 琥太郎さんの声も、もし離れて座っていたら聞き取りにくいほどに静かだ。

「蛾の中に蝶がおったらと思うと、集まってくる蛾も無下にできへんかったしな」
「それは女性のことですね」
「自分、はっきり言うなぁ」

 いえ、あなたが回りくどいんですよ。
 
「けど、欧之丞には蛾も蝶も関係なかったな。最初っから一人に決めて。あれが幸せなんかどうか、私にはよう分からんかったけどな」
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