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十章
27、出会いは宵祭り
学校に行くと、すでに文子さんは昇降口で待っていました。
わざわざ職員室まで鍵を取りに行かずに済んだので、わたくしとしては有り難いのですけど。
先生は、少し残念そうでした。
大丈夫ですよ。同じ校舎なんですし。お裁縫室を覗きに来てもいいんです。
そうお伝えすると、顔をほころばせるから。
つい、可愛いなんて思ってしまうんですよね。
三條組のお屋敷で、極道の方たちを恐れもせずに自由奔放に遊んでいた少年は、今も先生の中に存在しているようです。
◇◇◇
「まぁ! すごいわ。猫を預かることになったの?」
「ええ、ほんの少しの間ですけど」
文子さんは、どうやらかなりの猫好きのようです。
わたくしも、今日のエリスはとても愛らしいと思いましたけど。文子さんは、道行く猫を見ては追いかける癖があるようです。
「この間も猫を見つけて。それで人にぶつかっちゃったのよね。ほら、宵祭りがあったじゃない? 境内に紛れ込んでしまったのよ」
「あらまぁ、危ないですよ。人出も多かったですし」
「そうなの。猫が踏まれたら危ないと思って、追いかけたんだけど」
そう言えば宵祭りの時に、文子さんを見かけたことを思い出しました。一人でお祭りに来ていたのではなく、猫を追いかけた結果だったのですね。
「翠子さん、宵祭りに行ったの?」
「え、ええ」
「あ、なるほど。そりゃ、行くわよね」
もう簡単に察するのはやめてください。恥ずかしいじゃないですか。
わたくしは糸を玉結びにしようとしましたが、うまく結べません。
「まぁ、でも危なくなかった? 強面の集団がいたでしょ」
「三條組の方々なら、お会いしましたよ」
今朝も会ったばかりです。しかも預かる猫はヤクザさんのお家の猫ですとは、ちょっと言いにくいです。
文子さんは、まるで間違ってブラックコーヒーを飲んだような顔をしました。
彼女もわたくしと同じで、コーヒーには砂糖と牛乳派なのです。
「あー、そうなんだ。三條組、ね。あの人達なんだ」
噛みしめるようなその言葉に、文子さんが琥太郎さんの手紙を思い出していることが伺えました。
どこにも接点がない二人だと思っていましたけど。
宵祭りの時に、出会っていたんですね。
「あの猫、大丈夫だったかしら。わたしは、ヤクザにぶつかって。そのせいで相手が手に持っていた封筒が落ちて、境内にいる人に踏まれちゃったのよね。慌てて拾って、土を払って返したんだけど。その間に、猫はどこかに行っちゃって」
そういえば、琥太郎さんが旦那さまに渡していた茶封筒は、しわくちゃでした。
思わぬ接点に、わたくしはなぜか胸がどきどきしました。
だって、琥太郎さんはその夜に文子さんを見初めたんですよ。
浪漫の始まりじゃないですか。
しかも、知らなかったとはいえ自分も同じ場所にいたなんて。
ああ、どうしましょう。でも、それを文子さんに言うのは違いますよね。お節介はしたくないです。ええ、無理に二人をくっつけるなんて、そんなの無粋ですもの。自然に、もしくは琥太郎さんがご自分で動かれるでしょうから。それを待って……。
でも、気になるんですよね。
お昼休みになり、高瀬先生がお裁縫室にいらっしゃいました。
今日はわたくしも、お清さんお手製のお弁当です。
「先生。いっつもわたし達とお昼を食べて、変に思われないの?」
「いつもではない。まだ二日目だ。それに担任として、夏休みに登校している受け持ちの生徒を気に掛けるのは、なにも間違ってはいない」
「こわっ。睨まないでくださいよ」
文子さんは、お弁当の蓋で先生の視線を隠しました。
どうして怖がりなのに、喧嘩を売るような真似をするんでしょう。不思議です。
お清さん特製のだし巻き玉子をお箸で挟んで口にします。次いで、酢蓮を。
すっきりとしたお酢の味が、口の中に広がっていきます。
「仲いいのね。気づいてる? 二人とも同じものを同じ速度で食べてるわ」
「そうなんですか?」
文子さんに指摘されて、隣に座る先生のお弁当箱を見ると、わたくしと同じ位置に空白があります。
「仲いいんだから、しょうがないよな。いやー、参った参った」
全然、参ったように見えませんけど。それにどうして嬉しそうなんですか?
わざわざ職員室まで鍵を取りに行かずに済んだので、わたくしとしては有り難いのですけど。
先生は、少し残念そうでした。
大丈夫ですよ。同じ校舎なんですし。お裁縫室を覗きに来てもいいんです。
そうお伝えすると、顔をほころばせるから。
つい、可愛いなんて思ってしまうんですよね。
三條組のお屋敷で、極道の方たちを恐れもせずに自由奔放に遊んでいた少年は、今も先生の中に存在しているようです。
◇◇◇
「まぁ! すごいわ。猫を預かることになったの?」
「ええ、ほんの少しの間ですけど」
文子さんは、どうやらかなりの猫好きのようです。
わたくしも、今日のエリスはとても愛らしいと思いましたけど。文子さんは、道行く猫を見ては追いかける癖があるようです。
「この間も猫を見つけて。それで人にぶつかっちゃったのよね。ほら、宵祭りがあったじゃない? 境内に紛れ込んでしまったのよ」
「あらまぁ、危ないですよ。人出も多かったですし」
「そうなの。猫が踏まれたら危ないと思って、追いかけたんだけど」
そう言えば宵祭りの時に、文子さんを見かけたことを思い出しました。一人でお祭りに来ていたのではなく、猫を追いかけた結果だったのですね。
「翠子さん、宵祭りに行ったの?」
「え、ええ」
「あ、なるほど。そりゃ、行くわよね」
もう簡単に察するのはやめてください。恥ずかしいじゃないですか。
わたくしは糸を玉結びにしようとしましたが、うまく結べません。
「まぁ、でも危なくなかった? 強面の集団がいたでしょ」
「三條組の方々なら、お会いしましたよ」
今朝も会ったばかりです。しかも預かる猫はヤクザさんのお家の猫ですとは、ちょっと言いにくいです。
文子さんは、まるで間違ってブラックコーヒーを飲んだような顔をしました。
彼女もわたくしと同じで、コーヒーには砂糖と牛乳派なのです。
「あー、そうなんだ。三條組、ね。あの人達なんだ」
噛みしめるようなその言葉に、文子さんが琥太郎さんの手紙を思い出していることが伺えました。
どこにも接点がない二人だと思っていましたけど。
宵祭りの時に、出会っていたんですね。
「あの猫、大丈夫だったかしら。わたしは、ヤクザにぶつかって。そのせいで相手が手に持っていた封筒が落ちて、境内にいる人に踏まれちゃったのよね。慌てて拾って、土を払って返したんだけど。その間に、猫はどこかに行っちゃって」
そういえば、琥太郎さんが旦那さまに渡していた茶封筒は、しわくちゃでした。
思わぬ接点に、わたくしはなぜか胸がどきどきしました。
だって、琥太郎さんはその夜に文子さんを見初めたんですよ。
浪漫の始まりじゃないですか。
しかも、知らなかったとはいえ自分も同じ場所にいたなんて。
ああ、どうしましょう。でも、それを文子さんに言うのは違いますよね。お節介はしたくないです。ええ、無理に二人をくっつけるなんて、そんなの無粋ですもの。自然に、もしくは琥太郎さんがご自分で動かれるでしょうから。それを待って……。
でも、気になるんですよね。
お昼休みになり、高瀬先生がお裁縫室にいらっしゃいました。
今日はわたくしも、お清さんお手製のお弁当です。
「先生。いっつもわたし達とお昼を食べて、変に思われないの?」
「いつもではない。まだ二日目だ。それに担任として、夏休みに登校している受け持ちの生徒を気に掛けるのは、なにも間違ってはいない」
「こわっ。睨まないでくださいよ」
文子さんは、お弁当の蓋で先生の視線を隠しました。
どうして怖がりなのに、喧嘩を売るような真似をするんでしょう。不思議です。
お清さん特製のだし巻き玉子をお箸で挟んで口にします。次いで、酢蓮を。
すっきりとしたお酢の味が、口の中に広がっていきます。
「仲いいのね。気づいてる? 二人とも同じものを同じ速度で食べてるわ」
「そうなんですか?」
文子さんに指摘されて、隣に座る先生のお弁当箱を見ると、わたくしと同じ位置に空白があります。
「仲いいんだから、しょうがないよな。いやー、参った参った」
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