【第一部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
206 / 247
十章

27、出会いは宵祭り

しおりを挟む
 学校に行くと、すでに文子さんは昇降口で待っていました。
 わざわざ職員室まで鍵を取りに行かずに済んだので、わたくしとしては有り難いのですけど。
 先生は、少し残念そうでした。

 大丈夫ですよ。同じ校舎なんですし。お裁縫室を覗きに来てもいいんです。
 そうお伝えすると、顔をほころばせるから。
 つい、可愛いなんて思ってしまうんですよね。

 三條組のお屋敷で、極道の方たちを恐れもせずに自由奔放に遊んでいた少年は、今も先生の中に存在しているようです。

◇◇◇

「まぁ! すごいわ。猫を預かることになったの?」
「ええ、ほんの少しの間ですけど」

 文子さんは、どうやらかなりの猫好きのようです。
 わたくしも、今日のエリスはとても愛らしいと思いましたけど。文子さんは、道行く猫を見ては追いかける癖があるようです。

「この間も猫を見つけて。それで人にぶつかっちゃったのよね。ほら、宵祭りがあったじゃない? 境内に紛れ込んでしまったのよ」
「あらまぁ、危ないですよ。人出も多かったですし」
「そうなの。猫が踏まれたら危ないと思って、追いかけたんだけど」

 そう言えば宵祭りの時に、文子さんを見かけたことを思い出しました。一人でお祭りに来ていたのではなく、猫を追いかけた結果だったのですね。

「翠子さん、宵祭りに行ったの?」
「え、ええ」
「あ、なるほど。そりゃ、行くわよね」

 もう簡単に察するのはやめてください。恥ずかしいじゃないですか。
 わたくしは糸を玉結びにしようとしましたが、うまく結べません。

「まぁ、でも危なくなかった? 強面の集団がいたでしょ」
「三條組の方々なら、お会いしましたよ」

 今朝も会ったばかりです。しかも預かる猫はヤクザさんのお家の猫ですとは、ちょっと言いにくいです。
 文子さんは、まるで間違ってブラックコーヒーを飲んだような顔をしました。
 彼女もわたくしと同じで、コーヒーには砂糖と牛乳派なのです。
 
「あー、そうなんだ。三條組、ね。あの人達なんだ」

 噛みしめるようなその言葉に、文子さんが琥太郎さんの手紙を思い出していることが伺えました。
 どこにも接点がない二人だと思っていましたけど。
 宵祭りの時に、出会っていたんですね。

「あの猫、大丈夫だったかしら。わたしは、ヤクザにぶつかって。そのせいで相手が手に持っていた封筒が落ちて、境内にいる人に踏まれちゃったのよね。慌てて拾って、土を払って返したんだけど。その間に、猫はどこかに行っちゃって」

 そういえば、琥太郎さんが旦那さまに渡していた茶封筒は、しわくちゃでした。
 思わぬ接点に、わたくしはなぜか胸がどきどきしました。
 だって、琥太郎さんはその夜に文子さんを見初めたんですよ。
 浪漫の始まりじゃないですか。
 しかも、知らなかったとはいえ自分も同じ場所にいたなんて。

 ああ、どうしましょう。でも、それを文子さんに言うのは違いますよね。お節介はしたくないです。ええ、無理に二人をくっつけるなんて、そんなの無粋ですもの。自然に、もしくは琥太郎さんがご自分で動かれるでしょうから。それを待って……。
でも、気になるんですよね。

 お昼休みになり、高瀬先生がお裁縫室にいらっしゃいました。
 今日はわたくしも、お清さんお手製のお弁当です。

「先生。いっつもわたし達とお昼を食べて、変に思われないの?」
「いつもではない。まだ二日目だ。それに担任として、夏休みに登校している受け持ちの生徒を気に掛けるのは、なにも間違ってはいない」
「こわっ。睨まないでくださいよ」

 文子さんは、お弁当の蓋で先生の視線を隠しました。
 どうして怖がりなのに、喧嘩を売るような真似をするんでしょう。不思議です。
 
 お清さん特製のだし巻き玉子をお箸で挟んで口にします。次いで、酢蓮すばすを。
 すっきりとしたお酢の味が、口の中に広がっていきます。

「仲いいのね。気づいてる? 二人とも同じものを同じ速度で食べてるわ」
「そうなんですか?」

 文子さんに指摘されて、隣に座る先生のお弁当箱を見ると、わたくしと同じ位置に空白があります。

「仲いいんだから、しょうがないよな。いやー、参った参った」

 全然、参ったように見えませんけど。それにどうして嬉しそうなんですか?
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

【完結】女当主は義弟の手で花開く

はるみさ
恋愛
シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!? 恋に臆病な姉と、一途に義姉を想い続けてきた義弟の大人の恋物語。 ※他サイトにも掲載しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...