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十一章
20、勘違いですから【1】
旦那さまを慰めるわたくしと、琥太郎さんを慰める斉川さんは、互いに顔を見合わせました。
ええ、親しくなどありませんし、ほとんど言葉を交わしたこともありません。
でも、通じ合うものがあるのです。
「あの、若。エリス……さんも、ころころと環境が変わっては、困るのでは? 今日のところは高瀬さんに預けてはいかがですか? 元々、その予定だったではありませんか」
「旦那さま、お話は家に帰ってからにしましょう? わたくし、何時間でも伺いますよ」
それぞれの主をいたわりながら、なぜかわたくしと斉川さんは同志のような気がしました。
家に戻り、わたくしはおやつを用意するお清さんの手伝いをしました。
旦那さまは、甘いものを召し上がりませんから、お茶だけです。最近は、お清さんと銀司さんも交えておやつをいただく習慣です。
「欧之丞坊ちゃま。どうかなさったんですか?」
「え、ええ。何やら学校で嫌なことがあったようです」
わたくしは今日のおやつの牛乳羹を、お皿に取り分けます。白い寒天に、彩には橙色もまばゆいミカンの缶詰を添えます。
エリスは牛乳羹には興味津々ですけど、ミカンは嫌いなようです。それまで背伸びをして、わたくしの太腿の辺りに前脚をかけていたのですけど。
缶詰の中身がミカンだと知ると、わたくしから離れました。
お清さんに嘘はついていませんけど、本当のことも言えません。
だって、サディスティックな趣味を封印したせいで、落ちこんでいらっしゃるなんて。
「今日は、お部屋で二人で召し上がった方がいいですね。私と銀司は、ダイニングでいただきますよ」
「そうさせてもらいます。早く元気になっていただかないと」
わたくしはお盆にお茶と牛乳羹、それにエリス用にしらす干しを入れたお皿を載せて、部屋に運びました。
旦那さまは着替えもなさらずに、縁側でぼーっと座っておられます。
「旦那さま。着がえてください」
「ああ、翠子さん」
肩越しに振り返った旦那さまは、なぜかわたくしを眩しそうに見つめました。
「俺は知らなかったんだ。初恋というのは、人生に一度きりだと思っていた」
「その解釈で合っていると思いますけど」
人を好きになるたびに、毎回、前の恋をなかったことにして、仕切り直しはしませんよね。
「だが、翠子さんは最初のときめきを忘れてしまったのだろう?」
えーと、帰り道の話の続きでしたら、緊縛のことですよね。
初めて旦那さまに縛られたのは、この家に来て間もない頃でしたかしら。
ときめきました? どちらかといえば、怖かったように思います。
「旦那さまは、ときめいたのですか?」
「……自覚はなかった。だが、今にして思えば、大層ときめいたのだろう」
やはり。そちらのご趣味がおありだったのですね。
「俺は大学生で、今にして思えば相当奥手だった」
いえいえ、大学生で緊縛に目覚めたのでしたら、全然奥手ではありませんよ。一生、目覚めない人もいるのですから。
「あの、後学までに伺いますけど。大学時代に、どなたを縛り上げておられたのですか?」
「は?」
「ご学友ですか? それとも琥太郎さん?」
確か旦那さまは女性が苦手で、女性とお付き合いをしたことがないと仰っていましたから。
「もしかして三條組の人に、緊縛術を習ったんですか?」
「……なんで俺が? 別にそっちの趣味はないぞ」
「え、でも」
問いかけたわたくしは、ようやく勘違いに気づきました。上級生の柴田さんには、高瀬先生は無理ですと思ったきっかけが、わたくしが何度か縛り上げられたことでした。
高飛車な柴田さんには、縛られるなんて耐えられないと思ったのです。
「いえ、何でもありません。忘れてください」
「だが」
「初恋がどうのと仰っていましたね。ええ、わたくしの初恋は旦那さまですよ。間違いありません」
旦那さまは純粋に初恋の話をしておいででしたのに。わたくし一人が、緊縛だのなんだのとエロスに満ちたことを考えていたなんて。もう、本当に恥ずかしいです。
「翠子さん?」
あ、この少し低めの声音は知っています。わたくしは嫌な予感がしました。
でも、言えますか? 旦那さまは、わたくしを初めて縛った時にときめいたのでしょうと、勝手に思ってしまったことを。
ええ、親しくなどありませんし、ほとんど言葉を交わしたこともありません。
でも、通じ合うものがあるのです。
「あの、若。エリス……さんも、ころころと環境が変わっては、困るのでは? 今日のところは高瀬さんに預けてはいかがですか? 元々、その予定だったではありませんか」
「旦那さま、お話は家に帰ってからにしましょう? わたくし、何時間でも伺いますよ」
それぞれの主をいたわりながら、なぜかわたくしと斉川さんは同志のような気がしました。
家に戻り、わたくしはおやつを用意するお清さんの手伝いをしました。
旦那さまは、甘いものを召し上がりませんから、お茶だけです。最近は、お清さんと銀司さんも交えておやつをいただく習慣です。
「欧之丞坊ちゃま。どうかなさったんですか?」
「え、ええ。何やら学校で嫌なことがあったようです」
わたくしは今日のおやつの牛乳羹を、お皿に取り分けます。白い寒天に、彩には橙色もまばゆいミカンの缶詰を添えます。
エリスは牛乳羹には興味津々ですけど、ミカンは嫌いなようです。それまで背伸びをして、わたくしの太腿の辺りに前脚をかけていたのですけど。
缶詰の中身がミカンだと知ると、わたくしから離れました。
お清さんに嘘はついていませんけど、本当のことも言えません。
だって、サディスティックな趣味を封印したせいで、落ちこんでいらっしゃるなんて。
「今日は、お部屋で二人で召し上がった方がいいですね。私と銀司は、ダイニングでいただきますよ」
「そうさせてもらいます。早く元気になっていただかないと」
わたくしはお盆にお茶と牛乳羹、それにエリス用にしらす干しを入れたお皿を載せて、部屋に運びました。
旦那さまは着替えもなさらずに、縁側でぼーっと座っておられます。
「旦那さま。着がえてください」
「ああ、翠子さん」
肩越しに振り返った旦那さまは、なぜかわたくしを眩しそうに見つめました。
「俺は知らなかったんだ。初恋というのは、人生に一度きりだと思っていた」
「その解釈で合っていると思いますけど」
人を好きになるたびに、毎回、前の恋をなかったことにして、仕切り直しはしませんよね。
「だが、翠子さんは最初のときめきを忘れてしまったのだろう?」
えーと、帰り道の話の続きでしたら、緊縛のことですよね。
初めて旦那さまに縛られたのは、この家に来て間もない頃でしたかしら。
ときめきました? どちらかといえば、怖かったように思います。
「旦那さまは、ときめいたのですか?」
「……自覚はなかった。だが、今にして思えば、大層ときめいたのだろう」
やはり。そちらのご趣味がおありだったのですね。
「俺は大学生で、今にして思えば相当奥手だった」
いえいえ、大学生で緊縛に目覚めたのでしたら、全然奥手ではありませんよ。一生、目覚めない人もいるのですから。
「あの、後学までに伺いますけど。大学時代に、どなたを縛り上げておられたのですか?」
「は?」
「ご学友ですか? それとも琥太郎さん?」
確か旦那さまは女性が苦手で、女性とお付き合いをしたことがないと仰っていましたから。
「もしかして三條組の人に、緊縛術を習ったんですか?」
「……なんで俺が? 別にそっちの趣味はないぞ」
「え、でも」
問いかけたわたくしは、ようやく勘違いに気づきました。上級生の柴田さんには、高瀬先生は無理ですと思ったきっかけが、わたくしが何度か縛り上げられたことでした。
高飛車な柴田さんには、縛られるなんて耐えられないと思ったのです。
「いえ、何でもありません。忘れてください」
「だが」
「初恋がどうのと仰っていましたね。ええ、わたくしの初恋は旦那さまですよ。間違いありません」
旦那さまは純粋に初恋の話をしておいででしたのに。わたくし一人が、緊縛だのなんだのとエロスに満ちたことを考えていたなんて。もう、本当に恥ずかしいです。
「翠子さん?」
あ、この少し低めの声音は知っています。わたくしは嫌な予感がしました。
でも、言えますか? 旦那さまは、わたくしを初めて縛った時にときめいたのでしょうと、勝手に思ってしまったことを。
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