241 / 247
十一章
26、甘いので
エリスは明日、琥太郎さんにお返しするので、今夜は豪勢な餌をあげる事にしました。
ええ、お清さんとわたくしで相談したんですよ。
ささみと白身魚をほぐしたもの。それにかまぼこも小さく切って添えました。
わたくしがお夕飯の手伝いをしている時に、かまぼこを切っていると「ください、ください。ほんのひとくちでいいんです」という風に、おねだりに来るんですもの。
お清さんにあげても大丈夫かしらと確認をとってから、半月形の一切れをエリスに与えてみました。
まぁぁ! なんて食いつきのいいこと。あっという間に食べてしまいました。
そういえばかまぼこは、魚のすり身ですものね。好きに決まっています。
だって、かまぼこを外した後の木の板ですら、欲しいとおねだりされてしまったんですよ。琥太郎さんに知られたら叱られそうですから、これはわたくしとお清さん二人の秘密です。
わたくしとお清さんはダイニングにしゃがみこんで、真ん中にいるエリスを隠しました。
エリスは夢中でかまぼこを平らげています。板に残った部分は、綺麗に舐めとって。
「エリスちゃん。お行儀がいいのか悪いのか、分かりませんね」
「細身ですから、たんと食べた方がいいんです」
「君たち、何をしているんだ?」
突然、背後から声を掛けられて、わたくしとお清さんは跳び上がらんばかりに驚きました。
だって、まだお夕飯の時間ではないのに、旦那さまがダイニングにいらしたんですもの。
しかもまだ足の痺れが残っているのか、壁にもたれて顔をしかめていらっしゃいます。
「あ、歩かない方がいいですよ。痺れが切れると、つらいんですよね」
「もしかして、俺がいたら邪魔?」
邪魔かと訊かれて「はい、邪魔です」とは答えられませんよね。
するとお清さんが「夕飯の献立の会議中なんです」と、助け舟を出してくださいました。
夕食は鮭の焼きびたしと冷奴。冷奴には大葉や葱にしょうがと、薬味が盛りだくさんです。
ええ、お豆腐やお素麺といった薄味のあっさりした食べ物って、薬味を味わうために存在するんですよね。
あとは、板わさもあるのですけど。
「妙にかまぼこの量が少ないな」
「あら、そうですか?」
食卓に着いた旦那さまは、小皿に入ったかまぼこを眺めていらっしゃいます。すぐにお清さんがとぼけたので、わたくしもお清さんの味方をしなくては。
「もしかして値上げする代わりに、かまぼこ屋が量を減らしたんだろうか」
「そんなことないと思いますよ。旦那さま、気のせいですよ」
わたくしは、淡い緑も鮮やかなワサビを、旦那さまに渡します。サメ皮の小さなおろし器で、円を描くようにすりおろしたものです。
こうすると、香りがよく立つそうです。
指先には、今もつんとするのに甘いワサビの匂いが残っています。
「君たち、共犯?」
「いえいえ」と、わたくしとお清さんは揃って首を振ります。
「ね、旦那さま。かまぼこってふんわりしていますから。空気が抜けたんじゃないでしょうか」
「綿菓子でもあるまいに」
「お、おいしいですよね。綿菓子。また買ってくださいね」
話が逸れました。チャンスです。
「買うのはいいが。あれは縁日でないと売っていないからな」
「そうなんですか?」
残念。話が広がりません。やはり甘いものの話題はいけませんね。
少し遅れてダイニングにいらした銀司さんも「かまぼこが、いつもより薄くて少ないって、怪しいですね」なんて、旦那さまを焚きつけるんですもの。そこは見て見ぬふりをしてくださらないと。ね?
◇◇◇
夕食前から、翠子さんの様子がおかしかった。
俺に何か隠している。
まぁ、どうせ琥太郎兄さんが指示している以上の餌を、エリスに与えたのだろう。
彼女は気づいていなかっただろうが。しゃがみこむ翠子さんの足の横から、エリスの尻尾が見えていた。それも、ゆったりと左右に揺れる尻尾だ。
ああ、君。好物をもらって、たいそう機嫌がいいのだなと思うと、横槍を入れる気にもならなかった。
かまぼこは何切れかは分からないが、今、綺麗に体を舐めているエリスの腹の中だな。
俺も甘いよな。
だが、必死に言い訳をする翠子さんを見ていると、つい楽しくて。
かまぼこの件に気づいていないふりをしつつ、翠子さんの様子を窺ってしまった。
ええ、お清さんとわたくしで相談したんですよ。
ささみと白身魚をほぐしたもの。それにかまぼこも小さく切って添えました。
わたくしがお夕飯の手伝いをしている時に、かまぼこを切っていると「ください、ください。ほんのひとくちでいいんです」という風に、おねだりに来るんですもの。
お清さんにあげても大丈夫かしらと確認をとってから、半月形の一切れをエリスに与えてみました。
まぁぁ! なんて食いつきのいいこと。あっという間に食べてしまいました。
そういえばかまぼこは、魚のすり身ですものね。好きに決まっています。
だって、かまぼこを外した後の木の板ですら、欲しいとおねだりされてしまったんですよ。琥太郎さんに知られたら叱られそうですから、これはわたくしとお清さん二人の秘密です。
わたくしとお清さんはダイニングにしゃがみこんで、真ん中にいるエリスを隠しました。
エリスは夢中でかまぼこを平らげています。板に残った部分は、綺麗に舐めとって。
「エリスちゃん。お行儀がいいのか悪いのか、分かりませんね」
「細身ですから、たんと食べた方がいいんです」
「君たち、何をしているんだ?」
突然、背後から声を掛けられて、わたくしとお清さんは跳び上がらんばかりに驚きました。
だって、まだお夕飯の時間ではないのに、旦那さまがダイニングにいらしたんですもの。
しかもまだ足の痺れが残っているのか、壁にもたれて顔をしかめていらっしゃいます。
「あ、歩かない方がいいですよ。痺れが切れると、つらいんですよね」
「もしかして、俺がいたら邪魔?」
邪魔かと訊かれて「はい、邪魔です」とは答えられませんよね。
するとお清さんが「夕飯の献立の会議中なんです」と、助け舟を出してくださいました。
夕食は鮭の焼きびたしと冷奴。冷奴には大葉や葱にしょうがと、薬味が盛りだくさんです。
ええ、お豆腐やお素麺といった薄味のあっさりした食べ物って、薬味を味わうために存在するんですよね。
あとは、板わさもあるのですけど。
「妙にかまぼこの量が少ないな」
「あら、そうですか?」
食卓に着いた旦那さまは、小皿に入ったかまぼこを眺めていらっしゃいます。すぐにお清さんがとぼけたので、わたくしもお清さんの味方をしなくては。
「もしかして値上げする代わりに、かまぼこ屋が量を減らしたんだろうか」
「そんなことないと思いますよ。旦那さま、気のせいですよ」
わたくしは、淡い緑も鮮やかなワサビを、旦那さまに渡します。サメ皮の小さなおろし器で、円を描くようにすりおろしたものです。
こうすると、香りがよく立つそうです。
指先には、今もつんとするのに甘いワサビの匂いが残っています。
「君たち、共犯?」
「いえいえ」と、わたくしとお清さんは揃って首を振ります。
「ね、旦那さま。かまぼこってふんわりしていますから。空気が抜けたんじゃないでしょうか」
「綿菓子でもあるまいに」
「お、おいしいですよね。綿菓子。また買ってくださいね」
話が逸れました。チャンスです。
「買うのはいいが。あれは縁日でないと売っていないからな」
「そうなんですか?」
残念。話が広がりません。やはり甘いものの話題はいけませんね。
少し遅れてダイニングにいらした銀司さんも「かまぼこが、いつもより薄くて少ないって、怪しいですね」なんて、旦那さまを焚きつけるんですもの。そこは見て見ぬふりをしてくださらないと。ね?
◇◇◇
夕食前から、翠子さんの様子がおかしかった。
俺に何か隠している。
まぁ、どうせ琥太郎兄さんが指示している以上の餌を、エリスに与えたのだろう。
彼女は気づいていなかっただろうが。しゃがみこむ翠子さんの足の横から、エリスの尻尾が見えていた。それも、ゆったりと左右に揺れる尻尾だ。
ああ、君。好物をもらって、たいそう機嫌がいいのだなと思うと、横槍を入れる気にもならなかった。
かまぼこは何切れかは分からないが、今、綺麗に体を舐めているエリスの腹の中だな。
俺も甘いよな。
だが、必死に言い訳をする翠子さんを見ていると、つい楽しくて。
かまぼこの件に気づいていないふりをしつつ、翠子さんの様子を窺ってしまった。
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
「職場では隙のない完璧な先輩が、家ではゆるニットで甘えてくる。それでも彼女は、まだ俺の恋人じゃない」
まさき
恋愛
会社では完璧で、誰も近づけない先輩。
そんな彼女と、俺は同じ部屋で暮らしている。
「…おかえり」
ゆるニット姿の彼女は、家でだけ甘い声を出す。
近い。甘い。それでも――
「ちゃんと付き合ってから」
彼女は知っている。自分が好きになりすぎることを。
嫌われるのが怖くて、迷惑になるのが怖くて。
だから一歩手前で、いつも笑って止まる。
最初から好きなくせに、言えない彼女と。
気づいているのに、待っている俺の話。