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四章
11、父さんと母さん【2】
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「うわ、綺麗な朝顔やな。ほんまもんみたいや」
「え? う、うん」
「花びらの色も一色とちゃうねんな」
父さんにしげしげと飴を眺められて、ぼくは困った。
もし「けど、男が花を選ぶってどうやろ」と言われたら、どうしよって思たから。
トンボもどうかと思うけど。男の子が選ぶものとしては、間違いやない。
ただ綺麗な朝顔が欲しかっただけなんやけど……咎められるかなぁ。
「へぇ、赤紫の部分は透き通っとうけど。白い絞りの部分は澄んでへんのか。技術やなぁ」
父さんは飴細工の屋号を口にして「あの人は、ほんまに腕がええからなぁ」と感心した。
「琥太郎は花が好きやもんな。朝顔と他になんかで迷ったんちゃうん?」
「え、なんで分かるん」
実際、ぼくはウサちゃんと朝顔のどっちにするかで悩んだんや。
背伸びをしたぼくに、父さんが屈んで耳を寄せる。
「あんな。ウサちゃんも作ってほしかってん」
「ほー、それも可愛いな。けど、それは父さんか絲さんが一緒の時に頼もな。組の奴に見られたら、揶揄われてしまうからな」
ぼくは「うん」と頷いた。
そうか。母さんが一緒やったら、可愛い物を頼んでもおかしないし。父さんやったら「子どもが好きなもんを作ってもろて、何かおかしいんか」と、断言してくれる。
「それにしても、ええのん作ってもろたなぁ。絲さんにも見せてあげ。きっと喜ぶで」
父さんに背中を押されて、ぼくは一歩踏み出した。
男やのにって怒られへんかった、馬鹿にもされへんかった。
それがすごく嬉しくて、誇らしくて。
うん。そうや、うちの父さんはぼくのこと大事にしてくれるねん。ぼくが好きな物を否定せぇへんねん。
自然と頬が緩んでしまう。せやから母さんに「まぁ、なんて素敵な朝顔なの」って言われた時には、にこーって満面の笑みを浮かべとったと思う。
組の人らの所為で、欧之丞と二人の宵祭りは台無しになってしもた気がしたけど。
でも、今は平気や。むしろ飴ちゃんを褒めてもらえて、ほんまに嬉しい。
「父さんはすごいなぁ。ぼくらの気分を変えてしもた」
ぽつりと呟いた声は小さかったから、父さんには聞こえへんかったみたいやけど。
ぼくは父さんみたいに、強ならんとあかんねんなぁ。
凄んでみせる虚勢やのうて、ほんまに芯の強い大人にならなあかんねん。
そう、人の言葉に惑わされんように。自分を、欧之丞とか大事な人を守れるように。
「どうする? どっか寄りたいとこがあるんやったら、ついていったるけど」
父さんが尋ねてくるけど、正直もう疲れ切ってへとへとやった。
夜店もよう見たし……というか、組の人らに連れまわされて挨拶回りをさせられたし。
たぶん一生分くらい、頭を下げたと思う。五歳やのに、やで。
ぼくは、ぬるい夜風に吹かれて一斉に揺れる提灯を見上げた。
橙色のぼんやりとした灯りは、頭上にあって。夜やのに明るいっていう不思議で幻想的な光景やった。
境内を歩く人は、まるできれいな金魚みたいや。
とくに子どもは、ひらひらした兵児帯をひらめかせとうから。それが金魚の尾びれみたいに見える。
「だっこ」
「え?」
突然聞こえた声に横を見ると、欧之丞が父さんに向かって手を伸ばしとった。
「ん? どうした欧之丞」
「つかれたから、だっこして。蒼一郎おじさん」
うわ、あかん。そんなん言うたら父さんが嬉しがって、でれでれのでろでろに溶けてしまうやんか。
「え? う、うん」
「花びらの色も一色とちゃうねんな」
父さんにしげしげと飴を眺められて、ぼくは困った。
もし「けど、男が花を選ぶってどうやろ」と言われたら、どうしよって思たから。
トンボもどうかと思うけど。男の子が選ぶものとしては、間違いやない。
ただ綺麗な朝顔が欲しかっただけなんやけど……咎められるかなぁ。
「へぇ、赤紫の部分は透き通っとうけど。白い絞りの部分は澄んでへんのか。技術やなぁ」
父さんは飴細工の屋号を口にして「あの人は、ほんまに腕がええからなぁ」と感心した。
「琥太郎は花が好きやもんな。朝顔と他になんかで迷ったんちゃうん?」
「え、なんで分かるん」
実際、ぼくはウサちゃんと朝顔のどっちにするかで悩んだんや。
背伸びをしたぼくに、父さんが屈んで耳を寄せる。
「あんな。ウサちゃんも作ってほしかってん」
「ほー、それも可愛いな。けど、それは父さんか絲さんが一緒の時に頼もな。組の奴に見られたら、揶揄われてしまうからな」
ぼくは「うん」と頷いた。
そうか。母さんが一緒やったら、可愛い物を頼んでもおかしないし。父さんやったら「子どもが好きなもんを作ってもろて、何かおかしいんか」と、断言してくれる。
「それにしても、ええのん作ってもろたなぁ。絲さんにも見せてあげ。きっと喜ぶで」
父さんに背中を押されて、ぼくは一歩踏み出した。
男やのにって怒られへんかった、馬鹿にもされへんかった。
それがすごく嬉しくて、誇らしくて。
うん。そうや、うちの父さんはぼくのこと大事にしてくれるねん。ぼくが好きな物を否定せぇへんねん。
自然と頬が緩んでしまう。せやから母さんに「まぁ、なんて素敵な朝顔なの」って言われた時には、にこーって満面の笑みを浮かべとったと思う。
組の人らの所為で、欧之丞と二人の宵祭りは台無しになってしもた気がしたけど。
でも、今は平気や。むしろ飴ちゃんを褒めてもらえて、ほんまに嬉しい。
「父さんはすごいなぁ。ぼくらの気分を変えてしもた」
ぽつりと呟いた声は小さかったから、父さんには聞こえへんかったみたいやけど。
ぼくは父さんみたいに、強ならんとあかんねんなぁ。
凄んでみせる虚勢やのうて、ほんまに芯の強い大人にならなあかんねん。
そう、人の言葉に惑わされんように。自分を、欧之丞とか大事な人を守れるように。
「どうする? どっか寄りたいとこがあるんやったら、ついていったるけど」
父さんが尋ねてくるけど、正直もう疲れ切ってへとへとやった。
夜店もよう見たし……というか、組の人らに連れまわされて挨拶回りをさせられたし。
たぶん一生分くらい、頭を下げたと思う。五歳やのに、やで。
ぼくは、ぬるい夜風に吹かれて一斉に揺れる提灯を見上げた。
橙色のぼんやりとした灯りは、頭上にあって。夜やのに明るいっていう不思議で幻想的な光景やった。
境内を歩く人は、まるできれいな金魚みたいや。
とくに子どもは、ひらひらした兵児帯をひらめかせとうから。それが金魚の尾びれみたいに見える。
「だっこ」
「え?」
突然聞こえた声に横を見ると、欧之丞が父さんに向かって手を伸ばしとった。
「ん? どうした欧之丞」
「つかれたから、だっこして。蒼一郎おじさん」
うわ、あかん。そんなん言うたら父さんが嬉しがって、でれでれのでろでろに溶けてしまうやんか。
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