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四章

10、父さんと母さん【1】

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「あっ」と欧之丞が声を上げた。そして嬉しそうに、とても嬉しそうに笑ったんや。
 境内の提灯が夜風に揺れて、欧之丞の輪郭をぼんやりと明るく染めとった。

 同時に、ぱたぱたと小走りな草履の音が聞こえた。

「琥太郎さん。欧之丞さん」

 名前を呼ばれて見てみれば、母さんがぼくらに両腕を広げてたんや。
 え? なんで? 父さんは?

 そう思って周囲を見まわしたら、元締めさんと父さんが挨拶をしとった。
 仲良さそうな雰囲気で、父さんは「参ったな」という風に苦笑しとう。
 あー、ぼくらのことを話しとんやな。

「ごめんなさいね。もっと早くに帰って来られたら、宵祭りに連れてきてあげられたのに」
「こたにいっ。絲おばさんも蒼一郎おじさんもいるよ。来てくれたよ」
「う、うん」

 ほんまに母さんや……父さんもおる。
 なんでか知らんけど、目頭が急に熱くなった。そしたら、横で風が起こった。醤油とかソースとか、そんなのが混じり合った温い風や。

「絲おばさんっ」

 見れば、欧之丞が走って母さんにしがみついてた。

「ごめんなさい。俺がどうしても来たいって言ったから。こたにいにつれてきてもらったんだ」

 母さんを見上げる欧之丞は、必死にぼくをかばってくれている。
 ぼくが怒られんように……欧之丞は小さい子やのに。せやのに、今夜はまるでぼくのお兄ちゃんみたいや。

「二人とも怖い思いをしたのね」

「いらっしゃい、琥太郎さん」と母さんが手招きをした。だから、ぼくはとぼとぼと母さんの側に行ったんや。
 そしたら、欧之丞と一緒にぎゅーって抱きしめてくれた。

 鏡台の抽斗に入っとう壜から香る、柔らかな甘い匂いがふわっと鼻をかすめた。
 色とりどりの花を集めたみたいな、母さんの香りやった。

「それで、どこから家を抜け出したの?」
「木の下から」
「ごめんなさい……生垣の下から這って出てん」

 欧之丞とぼくの説明の両方を合わせて、ようやく母さんはぼくたちの脱出経路が分かったらしい。
「本当にやんちゃなんですから、二人とも」と苦笑した。

「おう、大丈夫か? 琥太郎、欧之丞。えらい連れまわされたらしいやん」

 片手を上げながら、父さんがやってくる。欧之丞は優しいから、今度は父さんに飛びついた。
 ほら、父さんなんかメロメロやんか。今にも溶けてしまいそうな表情をしとう。

「なんやー、欧之丞。悪かったな。日にちが合うたら、連れて来たったのに」
「んー、うん」

 父さんは欧之丞を抱き上げて頬ずりしようとした。欧之丞はというと、両手を突っ張ってそれを阻止する。
 阻止されたんを特に気にすることもなく、父さんは飴細工に目をとめた。

「ん? なんや、ギンヤンマか。その飴」
「そうっ。そうなんだ。ギンヤンマ。ただのトンボじゃないよ」
「おお、分かるぞ。上手にできとうな。欧之丞はええのん持っとうな」

 ぼくのも、って朝顔を見てほしかったけど。でも、そんなん恥ずかしくてもじもじしとったら。父さんがこっちを向いたんや。

「琥太郎は何を作ってもろたんや?」
「えっと、その」

 さすがに龍とかにしてもろた方が良かったかな。そう思てたら、父さんがぼくの方にぐいっと身を乗り出した。
 慌てて飴細工を後ろに隠したのに。見つかってしもた。
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