【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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一章

16、別荘の朝

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 うう、寝苦しいです。
 わたくしは久しぶりに感じる体の軋みに、目を覚ましました。
 肩とか首とか。妙に固いんです。

 旦那さまのお家で暮らすようになってから、こういう感覚は皆無だったのですけれど。いったい、どうしてしまったんでしょう。

 横を見れば、エリスが布団に埋もれてしまっています。

「あらまぁ大変。わたくしのように、寝相が良ければいいのに」

 エリスを抱きかかえたわたくしを、なぜか旦那さまが物言いたげな瞳で眺めていらっしゃいます。
 なんでしょう? 言いにくいことでもあるのでしょうか。

「おはようございます」
「ああ、おはよう。よく眠れたかい?」
「それが……」

 口ごもるわたくしを、旦那さまはお引き寄せになりました。

「俺は寂しかった」
「え、でも。その、隣で眠っていましたよ。普段と同じではありませんか?」

 わたくしは、いつもよりも寝乱れてはいない寝間着姿のままで、旦那さまの腕の中にすっぽりと収まっています。

「距離がな……」

 よく分からないことを呟きながら、背中越しにわたくしの肩に顔を埋めます。
 森を通した朝の光は清々しくて、窓からうすみどりの光が床に落ちています。

 なんだか恥ずかしくて、旦那さまの腕から逃れようとしましたが。もちろん力で適うはずもありません。しかも体が沈み込むので、立ち上がることもできないのです。

 肩越しに頬にキスをされ、さらに耳たぶを噛まれます。

「やっ、痛いです」
「うん。痛くしているからね」

 朝起きて、すぐに噛まれる理由が分かりません。きっと旦那さまは甘噛みだと仰るのでしょうけど。猫や犬ではないのですから。

「もう少ししたら風呂が沸く。銀司に頼んであるからな。それまでは、こうしていてくれ」
「か、噛むってことですか?」
「うーん。翠子さんしだいかな」

 そう仰いながら、旦那さまは耳にくちづけをなさいます。

「あ、あの」
「大丈夫。逃げなければキスだけにするから」

◇◇◇

 正直、俺はすねていた。

 たとえベッドでも多少翠子さんが転がってくれるだろうと、高を括っていたのだ。
 俺は畳に布団だろうが、ベッドだろうが、基本的に寝相は変わらない。

 あぁ、二つのベッドをくっつけたとしても、翠子さんが転がってきてくれないのなら、抱きしめたまま眠ることができない。

 こう、なんというか。左腕が寒いんだよ。いつもあなたに腕枕をするのに慣れているから。
 隣のベッドにあなたがいるのに。遠く感じてしまうんだ。

「こっちにおいで」と夜の間、何度念じたことだろう。まぁ、見事に通じなかったわけだが。
 ベッドのマットレスだけでも、もっと硬いものに変えた方がいいだろうか。
 ん? 空いている寝室のベッドは、こんなにも柔らかくなかった気がする。交換するか。

 翠子さんのぬくい体温を腕に感じながら、俺はいろいろと考えていた。

 しばらくすると、階段を上がる音がしてドアがノックされた。

「旦那さま。風呂が沸きました」
「ああ、ありがとう。すぐに入る」

 銀司の言葉に返事して、俺はベッドから降りた。そして寝間着姿のままの翠子さんを抱え上げる。
 階段を下りるのに、横抱きは足下が見えないので危険だ。彼女の背筋を立てて、子どもを抱っこするような状態で、俺の首に両手をまわさせる。

「一人で降りれます」
「うん、そうだろうな。だが俺がこうしていたいんだ」

 俺が下ろすつもりはないと分かると、翠子さんはおとなしくしがみついてきた。
 風呂は別棟になっており、うちのように渡り廊下でつながっているわけではない。一度、外に出る必要がある。

 裏の扉を開くと、まだ早朝なので辺りは霧に包まれていた。建物に近い辺りは、木々の葉を滲ませたようなさみどり。遠くなるほど、乳白色へと変化している。
 このまま霧の中へと進んだならば、いずことも知れぬ異界へと消えてしまいそうな気がした。
 一人ならば不安だろうが、翠子さんと一緒なら、意外とそれも平気かもしれないな。
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