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一章
15、別荘の夜【5】
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少し翠子さんを驚かせてしまったかもしれない。
俺は、しがみいてくる翠子さんの髪を指で梳いた。さらさらとした細い黒髪は、すぐに俺の指からこぼれるように逃げていく。
今は傍にいてくれるけれど、これまでの九年間、あなたに触れることすら叶わなかった。
だから、ひと時ひと時が愛おしくてたまらない。あなたの言葉はすべて聞き逃したくないし、あなたの表情はどれもちゃんと目に焼きつけたい。
学生時代に講義の終わった学舎で、行為の後の女性の面倒くささを学友たちが語っていた時。これは到底自分の考えなど、理解してもらえないなと口をつぐんだ。
さっき翠子さんに話して聞かせた内容など、かわいいもんだ。
うちの近くにも大学があるが。あいつらの会話を翠子さんに聞かせたら、卒倒してしまうだろう。男性不信になるかもしれないな。
日中の移動と俺に抱かれたことで、疲れたのだろう。俺の腕の中から静かな寝息が聞こえてきた。
ぴすぴすと鼻を鳴らしているのはエリスだ。
お前、ここでも翠子さんと一緒に寝るつもりだな。
「壁側のベッドなら、転がり落ちることもないだろう」
翠子さんを抱え上げて、ベッドに横たえる。ついでとばかりにくちづけを繰り返していると、とても小さな足が俺の胸元を蹴りあげた。
「邪魔すんなって」
だがエリスは不機嫌そうに、俺を何度も蹴りつけてくる。
うん、まぁ俺が翠子さんを抱いていた時は、自分は我慢していたのだとエリスは主張したいのだろう。次は自分の番だから、お前はわきまえろと言いたいんだな。
だが俺は、翠子さんを朝まで抱きしめていたいんだが。
「そうだ。翠子さんが二人いればいいんじゃないかな」
頭にひらめいた考えは、途端にしおれてしまった。
だめだ、翠子さんが二人いたら、その両方とも手に入れなければ気が済まなくなる。
どっちも翠子さんなんだぞ。片方を誰かに(たとえエリスであっても)渡すことなんてできやしない。
俺は、そんなに心が広くないんだ。
フクロウは、なおも闇夜を写し取ったような声で鳴いている。
ひたひたと水晶の浜辺を洗う湖の波音までも、聞こえてきそうな夜だ。
「さて、翠子さんは静かに寝てくれるかな」
俺はベッドに入り、ぴったりとくっつけた隣のベッドに眠る翠子さんと手をつないだ。
もちろん、彼女の首元にしがみついて転がる準備万端のエリスに睨まれた。
お前、そこまでするのか? 必死すぎるだろ。
だが、俺は気づかなかった。
翠子さんが寝相よく、静かに寝てくれることがいいわけではないことを。
どれくらい時間が経ったのだろう。寝室に壁掛けの時計はないが、感覚的には夜中の三時ほどだろうか。闇に目が慣れたので暗くても辺りが良く見える。
隣を見ると、なんと翠子さんが寝かせた時と同じ仰向けで眠っているではないか。
エリスも猫のくせに熟睡しているようで、こちらも腹を見せて伸びきっている。
「奇跡か」
上体を起こそうとした俺は、ベッドに手をついた。ふかっとした柔らかな感触にてのひらが沈み込む。
瞬時に納得した。
マットレスに体が沈み込むから、翠子さんは自由自在に転がれないのだ。だとしたら、うちも畳に布団を敷くのではなく、ベッドを導入すれば良いのではないか。
「うーん。狭いです」
ベッドはたいそう広々としているのに。眉間に愛らしいしわを寄せて、翠子さんは呻いている。
ああ、なんと苦しそうな。
そうか、君は自由に動き回りたいんだね。
きっと笠井家でもそうやって、広いベッドで窮屈に眠っていたのだろう。
「うん。うちにベッドはいらないな」
これまでのように、俺の腕の中に翠子さんを閉じ込めておけばいいだけのことだ。
うん、仕方ない。これは拘束でも束縛でも何でもない。彼女の安眠の為なのだ。
妙な下心などないぞ、絶対に。
俺は、しがみいてくる翠子さんの髪を指で梳いた。さらさらとした細い黒髪は、すぐに俺の指からこぼれるように逃げていく。
今は傍にいてくれるけれど、これまでの九年間、あなたに触れることすら叶わなかった。
だから、ひと時ひと時が愛おしくてたまらない。あなたの言葉はすべて聞き逃したくないし、あなたの表情はどれもちゃんと目に焼きつけたい。
学生時代に講義の終わった学舎で、行為の後の女性の面倒くささを学友たちが語っていた時。これは到底自分の考えなど、理解してもらえないなと口をつぐんだ。
さっき翠子さんに話して聞かせた内容など、かわいいもんだ。
うちの近くにも大学があるが。あいつらの会話を翠子さんに聞かせたら、卒倒してしまうだろう。男性不信になるかもしれないな。
日中の移動と俺に抱かれたことで、疲れたのだろう。俺の腕の中から静かな寝息が聞こえてきた。
ぴすぴすと鼻を鳴らしているのはエリスだ。
お前、ここでも翠子さんと一緒に寝るつもりだな。
「壁側のベッドなら、転がり落ちることもないだろう」
翠子さんを抱え上げて、ベッドに横たえる。ついでとばかりにくちづけを繰り返していると、とても小さな足が俺の胸元を蹴りあげた。
「邪魔すんなって」
だがエリスは不機嫌そうに、俺を何度も蹴りつけてくる。
うん、まぁ俺が翠子さんを抱いていた時は、自分は我慢していたのだとエリスは主張したいのだろう。次は自分の番だから、お前はわきまえろと言いたいんだな。
だが俺は、翠子さんを朝まで抱きしめていたいんだが。
「そうだ。翠子さんが二人いればいいんじゃないかな」
頭にひらめいた考えは、途端にしおれてしまった。
だめだ、翠子さんが二人いたら、その両方とも手に入れなければ気が済まなくなる。
どっちも翠子さんなんだぞ。片方を誰かに(たとえエリスであっても)渡すことなんてできやしない。
俺は、そんなに心が広くないんだ。
フクロウは、なおも闇夜を写し取ったような声で鳴いている。
ひたひたと水晶の浜辺を洗う湖の波音までも、聞こえてきそうな夜だ。
「さて、翠子さんは静かに寝てくれるかな」
俺はベッドに入り、ぴったりとくっつけた隣のベッドに眠る翠子さんと手をつないだ。
もちろん、彼女の首元にしがみついて転がる準備万端のエリスに睨まれた。
お前、そこまでするのか? 必死すぎるだろ。
だが、俺は気づかなかった。
翠子さんが寝相よく、静かに寝てくれることがいいわけではないことを。
どれくらい時間が経ったのだろう。寝室に壁掛けの時計はないが、感覚的には夜中の三時ほどだろうか。闇に目が慣れたので暗くても辺りが良く見える。
隣を見ると、なんと翠子さんが寝かせた時と同じ仰向けで眠っているではないか。
エリスも猫のくせに熟睡しているようで、こちらも腹を見せて伸びきっている。
「奇跡か」
上体を起こそうとした俺は、ベッドに手をついた。ふかっとした柔らかな感触にてのひらが沈み込む。
瞬時に納得した。
マットレスに体が沈み込むから、翠子さんは自由自在に転がれないのだ。だとしたら、うちも畳に布団を敷くのではなく、ベッドを導入すれば良いのではないか。
「うーん。狭いです」
ベッドはたいそう広々としているのに。眉間に愛らしいしわを寄せて、翠子さんは呻いている。
ああ、なんと苦しそうな。
そうか、君は自由に動き回りたいんだね。
きっと笠井家でもそうやって、広いベッドで窮屈に眠っていたのだろう。
「うん。うちにベッドはいらないな」
これまでのように、俺の腕の中に翠子さんを閉じ込めておけばいいだけのことだ。
うん、仕方ない。これは拘束でも束縛でも何でもない。彼女の安眠の為なのだ。
妙な下心などないぞ、絶対に。
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