【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
30 / 194
二章

1、七夕の前日 ※文子視点

しおりを挟む
 その朝は旧暦の七夕の前日で、うちでは笹を軒下に立てていたの。
 淡い薄荷色の壁と、窓枠が白い洋風の木造建築だから、七夕の笹はちょっと似合わないんだけど。
 色とりどりの短冊に記されたのは「進級できますように」とか「彼女ができますように」とか、お兄さんが書いたものばかり。

 そういうのは他力本願ではだめでしょ。

――どうか無茶はなさらないでください。無事に戻してください。

 これはお父さま? 仕事で困った事でもあったのかしら。でも「無事に戻る」って、どういうことかしら。

――あら、そう悪くないお話だと思いますよ。

 これはお母さま。どうしてお父さまと会話形式になっているのかしら。七夕の短冊よ?

 海風とは違う湿った風が吹いて、短冊がひらひらと翻った。その時、わたしは一枚の短冊に目が留まったの。

――ふさわしい女性になれるように精進します

 わ、わたしったら、何てことを書いてしまったの?
 ふさわしいって、誰に?
 万年筆で書いたその文字の色は、夜を思わせる濃い藍色。そう、三條さんのと同じ色のインク。

 わたしは庭でしゃがみこんでしまったわ。両手で顔を隠して。
 恋文ももらったし、夕立の日に背広も貸してもらったけれど。でも、その程度の知り合いでしかないのに。

 どうしてわたしをお見合い相手に選んだの?
 なんで翠子さんたちがいない時に、そんな話を持ちこむの?
 わたし、誰に頼ればいいのよー。

「助けて……翠子さん。高瀬先生」

 その時、突然塀の向こうでクラクションが鳴ったの。
 お父さま? いいえ、今日は車には乗っていないわ。

 軽い感じの短いクラクションは、また鳴らされた。
 これは誰かを呼んでいるのよね。
 庭をよぎって、蔓草を模した装飾のある錬鉄の門を開く。そして、そのままわたしは固まってしまったの。

「おはようさん。文子さん」

 艶のある黒い車から降りてきたのは、ネクタイをしていない軽装の三條さん。パナマ帽を脱いで、優雅な姿勢でわたしに会釈をしたの。
 やめて。素敵な輝きを振りまかないで。通りすがりの人が、立ち止まって三條さんに見とれているんだもの。

 なんで? どうして? うちの前にいるの?
 
「今から出かけるで。服とか色々用意してき。せやな旅支度ってとこやな」
「ど、どこに? 今からですか?」
「手紙に書いとったやろ?」

 知りませんよ。というか、読み取れませんでしたよ。そんなこと。
 おろおろと立ち尽くしていると、三條さんの手がわたしの頭に載せられました。

「せやから、欧之丞やのうて本人に訊きって言うたやん」
「でも……」
「ほら、もう一回機会をあげるから。ちゃんと私に訊いてみ?」

 ああ、もう逃げられないわ。わたしは悟ったの。
 断ろうと思えば断ることだってできたのよ。でも、ヤクザさんだから断るのが怖いなんて、自分に言い訳をして。
 
 返事を先延ばしにしていれば、また三條さんに会える。付き合うとか、極道の妻とか余計な難しいことを考えずにいられるから。
 だから、わたしは……。

「えっと。おはようございます」

 挨拶を返すことを忘れていたので、そう言うと、突然三條さんが笑い出した。

「今? やっぱりええとこのお嬢さんやな。お行儀がええわ」
「あの。どこに……行くんですか?」
「見合いをしに。もちろん、私と文子さんのやで。場所は、文子さんが会いたい人らがおるとこや」

 三條さんは、わたしの両親にはすでに話を通してあることを教えてくれた。そして通常のお見合いなら両家の両親も揃うべきだけれど、略式で自分たちだけで済ますということも。

「ほら『あとは若い人たちで』っていうやろ。それを最初からしたら手間も省けてええんとちゃう? 合理的やろ」

 合理的というか。これは強制的に連行されるということでしょ。

「平気、平気。拉致って監禁したりせぇへんから」

 三條さんの手が、わたしの頭を撫でる。
 ひーっ。助けて、翠子さん。高瀬先生。わたし、もう逃げられないの。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...