【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
35 / 194
二章

6、雨の高原 ※文子視点

しおりを挟む
 三條さん……いえ、琥太郎さんの運転する車は、高いところを走っているみたい。耳の奥がつんと痛むんだもの。
 道の左右に木々が連なり、まるで緑の隧道トンネルのように見える。

 すると車のガラスに雨が一粒落ちてきた。

「残念。雨になってしまいましたね」
「せやな。でも七夕は明日やかい。止むんとちゃう?」

 あ、いえ七夕のことではなく。でも、牽牛織女の心配をする琥太郎さんは、やっぱり風情を好むのね。
 わたしの言った「残念」は、せっかく見晴らしのいい高原が、木々の向こうに広がっているのに、散歩できないって意味だったんだけど。
 ん? 散歩? 誰と?

 ハンドルを握るというより、軽く添えるという感じの白手袋に包まれたしなやかな琥太郎さんの手が視界に入って……わたしは頬が熱くなるのを感じたの。

 だって、わたしの頭の中では二人並んで高原を散策しつつ、琥太郎さんに花の名前を教えてもらって、それから琥太郎さんが手を差し伸べてくるから、わたしは戸惑いながらも手と手をつないで。
 草の葉から飛び跳ねる虫に驚いて、琥太郎さんの手を強く握りしめてしまって。
「文子さんは臆病やな」なんて、からかいながら微笑む彼の姿まで、妄想が進んだのよ。

 自分でもびっくりするけど、ほんの一瞬で頭の中で妄想劇場が開演したわ。

 車窓から見える一面の草原には、夏の花が咲いている。
「きれい」と思わず呟くと、琥太郎さんが「せやな」と応じてくれた。

「薄紫のんは、マツムシソウやな。薄紅のはヤナギラン。涼しいところに咲く花や。ヤナギランは下から花が咲いて、てっぺんまで咲ききったら雪が降るって外国では言うらしいで」
「見たことはありますけど、そんな名前だったのね。初めて知りました」

 今は、降りはじめた雨に濡れているけれど。また晴れた日にお散歩しよう。えっと……その、琥太郎さんを誘って。

「待っとうで」

 何を言われたのか分からずに、わたしは「へ?」なんて、素っ頓狂な声を出してしまった。

「せやから、文子さんは七夕の心配やのうて、雨やったら高原を散歩できへんって思とんのやろ」
「な、なんで分かるんですか?」

 なんでやろなぁ、と琥太郎さんははぐらかします。でも、それだけじゃなかったの。

「晴れたら、私のことを散歩に誘ってくれるんやろ? それを待っとうで、って言うたんや」

 うわーん。何なの、この人。妖怪にサトリっていうのがいるらしいけど、それなの? 人の頭の中を読まないでー。

「読んでへんで。読めるわけないやん」
「う、ううっ」

 もう何も考えない。考えちゃ駄目。
 ああ、でもそう思えば思うほど、わたしの頭の中では手をつないで歩く琥太郎さんがふり返って、そしてご自分のパナマ帽を脱いで、私と彼の顔を隠して……そして接吻したの。

 駄目、考えないっていったじゃない。なんで妄想劇場が再演しているの。
 しかも翠子さんが「まぁ、ラブラブですね」と嬉しそうに言い、高瀬先生は「ほどほどにしとけよ」なんて、呆れ顔で呟いて。
 いやーっ。見ないで。

「大丈夫なん? 自分、顔赤いで」
「へ、平気です」
「車酔いでもなさそうやな。なんか、心拍数も速そうやけど」

 はい、速いなんてもんじゃないです。自分がこんなに妄想が逞しい人間だと、初めて知ったわ。

 その時、わたしは気付いたの。
 これまで初恋もしたことがなかったから。好いた殿方もいなかったし、ときめきも感じたこともないし。
 それが今、全部いっぺんに襲ってきているのよ。

 初恋……かもしれない。お見合い相手、ではある。未来の旦那さま……うっ、うう、これ以上は考えちゃ駄目。
 熱が出てしまうわ。
 いっそ雨の降る草原で、頭を冷やした方がいいのかもしれない。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...