【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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二章

10、緊張 ※文子視点

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 わたしは翠子さんと高瀬先生、それに懐かしい猫に出会えてすっかり安心しきっていたの。
 きっと、思い込んでいたのね。先生の別荘で、翠子さんと一緒に泊まるんだって。

 こうした別荘には客間があるのが普通だし、うちの別荘にも泊りがけでお客さんが来ることがあるわ。
 翠子さんと同じ部屋で寝泊まりして、恋の話で盛り上がって。二人の間でエリスが丸くなって眠って。
 そんな夜を勝手に想像していたの。

 だから、ソファーから立ち上がった琥太郎さんの言葉に、唖然として口を開いてしまった。

「ほな、行こか。文子さん」
「はい?」

 エリスと戯れていたわたしは、首を傾げた。
 ああ、でも可愛いわね。わたしが手を出すと、エリスはちょうど撫でてもらう角度に小さな頭を傾げるのよ。翠子さんが「お利口でしょ」と言うのも分かるわ。

「行くって、どこへ?」
「私らの泊まるホテルに。こんな突然押しかけてきても、欧之丞のとこは、泊まられへんやろ」

 琥太郎さんの言葉に、なぜか先生は「うんうん」と頷いている。翠子さんは「何とかなりますよ」と言ってくれているのに。ひどいわ、担任でしょ! 教え子を見捨てるの?

 というか、琥太郎さんと二人きりなんて、どうしていいか分からない。
 倫理的にも同じ部屋で泊まるなんて、どうかと思うし。こ、心の準備ができていないんですけど。

「ホテルいうても、同じ部屋とちゃうで」

 あ、そうでしたか。わたしは、ほっとして肩の力が抜けた。エリスが「どうしたの?」とでも言いたげに、顔を覗きこんでくる。
 
「予約しとんは、続き部屋やけどな」

 それ、隣の部屋と行き来自由ですよね。たぶん、つながった部屋同士の扉に、鍵がかからないタイプですよね。
 同じ部屋じゃないことに安心していいのか、完全に独立した部屋じゃないことを不安がればいいのか、どっちなの?

「欧之丞らは、今日はどないするん」
「俺たちは重大な任務がある。命懸けのな」

 琥太郎さんに問われた先生は、翠子さんをまじまじと見つめた。それまでソファーでエリスの背中を撫でていた翠子さんは、急に立ち上がって神妙な面持ちを浮かべ、頷いたの。

「大丈夫です。お任せください。この翠子、必ずや任務を全うしてみせます。安全に帰還いたしますので」

 軍人さんなの? と思うくらい、翠子さんは背筋をびしっと伸ばしたわ。
 いったい何ごとなの、と小声で尋ねると「湖に七夕の笹を採りに行くんですよ。わたくしがボートのオールを任されたのです」ですって。

 あ、そう。仲が良くって何よりね。
 楽しそうな予定が入っている以上、わたしに付き合ってもらうわけにもいかないし。
 車中でも、カフェーでも緊張しっぱなしだったのに。
 これから琥太郎さんと二人っきりの時間が続くなんて。どうしたらいいの?

「文子さん」

 ふいに翠子さんが、わたしのワンピースの半袖を引っ張ったわ。

「大丈夫ですよ。琥太郎さんは、怖い人ではありません。その……わたしは、すぐにからかわれるので、ほんの少し苦手ですけど」

 本人に聞こえないように、耳元に口を寄せて囁いてくる。翠子さん、わたしのことを気にしてくれていたのね。
 そうね、彼女は突然、実家から高瀬先生の家に連れていかれたんだもの。今のわたしの気持ちを理解してくれるわよね。

「この辺りでホテルというと、うちから歩いて五分ほどです。何かあったら、すぐに来てくださいね。お清さんもおりますから」
「翠子さん……」

 親友の優しい言葉に、ほろりとなるけれど。
 何かあったら、という前提がまず怖いんだけど。
 ねぇ、翠子さん。あなた、何があったの?
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