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二章
12、再会 ※文子視点
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再びわたしは車中の人になった。でも、車でゆっくりと走って、たった一分ほどでホテルに着いたけどね。
道の左右には並木があって、とても洒落た雰囲気になっている。ホテルの建物は木造で、しかも落ち着いた焦げ茶だから目立ちはしないけれど。でも、流行りの珍奇な意匠ではなく、森に自然に溶け込んでいるわ。
「素敵ですね」
「せやろ。いずれはうちもここに別荘を買ってもええなぁ」
助手席の扉を開いてくれながら、琥太郎さんが微笑んだ。そう、車寄せにやって来たドアマンよりも早くね。
わたしは、預かっていたパナマ帽を琥太郎さんに返しながら、困ってしまったの。
「えーと、その。三條組の別荘ですか。保養所ですね」
「なんでやねん」
「でも……」
「あのなぁ、文子さん」
一度は受け取ったはずのパナマ帽を、琥太郎さんはわたしの頭に被せたの。
「こんな清々しい場所に、うちの組のもんがぞろぞろやって来てみぃ? めっちゃ鬱陶しいで。皆さんのご迷惑になるやろ」
「はぁ」
今度は帽子のつばを、ぐいっと下ろされてしまいました。
し、視界が閉ざされます。
すると、琥太郎さんが一歩前進しました。
近いです。帽子のせいでちゃんと見えないけど、琥太郎さんの胸が目の前にあるんだもの。
「文子さんと二人きりで過ごすための別荘に決まっとうやろ。野暮なこと言わんとき」
少し屈みこんだ琥太郎さんが、わたしの耳元で囁いたの。その低くて甘い声に、背筋が痺れたわ。
そう。ぞくぞくしたの。
どういうこと? こんな感覚初めてなんだけど。
「翠子さんが近くにおった方が、文子さんも安心やし、楽しいやろ?」
もしかして別荘のことだけじゃなく、お見合いのホテルをこんな遠い場所にしたのも、わたしの為だったの?
琥太郎さんはすごく強引で、わたしは振り回されて。迷惑なはずなのに。
でも、彼の手をふり払うことができないのは、わたしはとても大事にされているからなんだわ。
現実にはあり得ないのに、目の前に小花がいくつもふわふわと浮いたの。
その愛らしい花は、後ろ姿の琥太郎さんを取り巻いて。
ああ、だめ。ヤクザなのよ、若頭なのよ。
でも……。
琥太郎さんはドアマンに車の鍵を渡している。二人の荷物はロビーに運ばれ、琥太郎さんはフロントへと向かったの。
わたしはロビーのソファーに座り込んだ。
長い道中もだけれど、さっきの二人の別荘って言葉に緊張が最高潮に達して……。
でも、わたしは気付いてなかったの。
一番緊張するのは、これからだってことに。
「文子さん。荷物は運んで運んでもらうから、部屋にいこ」
部屋までの案内を断ったのか、琥太郎さんは鍵を二つちゃらちゃらと鳴らしながら、わたしの元へとやって来た。
磨き上げられて飴色になった階段を上がり、長い廊下を歩く。
「なんで後ろ歩いとん? 隣に来たらええやん」
「いえ、でも。わたしが隣を歩くのは失礼かと」
「なんでやねん。寂しいこと言わんとき」
琥太郎さんはわたしの肩を、ぐいっと引き寄せました。
ああ、どうしたらいいの?
見上げたけれど、琥太郎さんは背が高いしパナマ帽を目深にかぶっているから、その表情までは見えない。
しかも肩を抱かれたままだから、わたしは前を向いているはずなのに意識のすべてが、肩に持っていかれてしまって。
心臓が口から出てしまいそう。
「ああ、ここやな。じゃあ、すぐに荷物運ばれると思うから」
鍵を一つ手渡して「じゃあ、また後でな」と、琥太郎さんは隣の部屋へと入っていった。
えらくあっさりした別れ。
わたしはまだ肩に、彼の手のぬくもりや感触が残っているというのに。
ううん。気にすることないわ。きっと車の運転で疲れているだろうし、ゆっくりと休みたいわよね。
わたしはこれからどうしようかしら。ホテルの庭を散歩でもしようかな。
そう考えつつ、マホガニーの扉を開いた。
大きな窓からは溢れんばかりの緑の木々が見える。二つ並んだ寝台。調度品も簡素ではあるけれど、質が良い上に丁寧に磨いてあるから、ぴかぴかに光っている。
「変わったクローゼットね」
部屋の奥に確かにクローゼットがあるのに、出入り口のすぐ脇の壁にもまた扉がある。
リネン類を仕舞う場所かしら、とわたしはドアノブに手を掛けた。
簡単に開いたその扉の向こうを見て、私はぽかんと口を開いてしまった。
「やぁ、文子さん。一分ぶりの再会やな」
思い出した。そういえばこの部屋は、琥太郎さんと続き部屋だった。もちろん両方の部屋をつなぐドアに、鍵なんて気の利いたものはない。
わたしは声にならない悲鳴を上げたの。
道の左右には並木があって、とても洒落た雰囲気になっている。ホテルの建物は木造で、しかも落ち着いた焦げ茶だから目立ちはしないけれど。でも、流行りの珍奇な意匠ではなく、森に自然に溶け込んでいるわ。
「素敵ですね」
「せやろ。いずれはうちもここに別荘を買ってもええなぁ」
助手席の扉を開いてくれながら、琥太郎さんが微笑んだ。そう、車寄せにやって来たドアマンよりも早くね。
わたしは、預かっていたパナマ帽を琥太郎さんに返しながら、困ってしまったの。
「えーと、その。三條組の別荘ですか。保養所ですね」
「なんでやねん」
「でも……」
「あのなぁ、文子さん」
一度は受け取ったはずのパナマ帽を、琥太郎さんはわたしの頭に被せたの。
「こんな清々しい場所に、うちの組のもんがぞろぞろやって来てみぃ? めっちゃ鬱陶しいで。皆さんのご迷惑になるやろ」
「はぁ」
今度は帽子のつばを、ぐいっと下ろされてしまいました。
し、視界が閉ざされます。
すると、琥太郎さんが一歩前進しました。
近いです。帽子のせいでちゃんと見えないけど、琥太郎さんの胸が目の前にあるんだもの。
「文子さんと二人きりで過ごすための別荘に決まっとうやろ。野暮なこと言わんとき」
少し屈みこんだ琥太郎さんが、わたしの耳元で囁いたの。その低くて甘い声に、背筋が痺れたわ。
そう。ぞくぞくしたの。
どういうこと? こんな感覚初めてなんだけど。
「翠子さんが近くにおった方が、文子さんも安心やし、楽しいやろ?」
もしかして別荘のことだけじゃなく、お見合いのホテルをこんな遠い場所にしたのも、わたしの為だったの?
琥太郎さんはすごく強引で、わたしは振り回されて。迷惑なはずなのに。
でも、彼の手をふり払うことができないのは、わたしはとても大事にされているからなんだわ。
現実にはあり得ないのに、目の前に小花がいくつもふわふわと浮いたの。
その愛らしい花は、後ろ姿の琥太郎さんを取り巻いて。
ああ、だめ。ヤクザなのよ、若頭なのよ。
でも……。
琥太郎さんはドアマンに車の鍵を渡している。二人の荷物はロビーに運ばれ、琥太郎さんはフロントへと向かったの。
わたしはロビーのソファーに座り込んだ。
長い道中もだけれど、さっきの二人の別荘って言葉に緊張が最高潮に達して……。
でも、わたしは気付いてなかったの。
一番緊張するのは、これからだってことに。
「文子さん。荷物は運んで運んでもらうから、部屋にいこ」
部屋までの案内を断ったのか、琥太郎さんは鍵を二つちゃらちゃらと鳴らしながら、わたしの元へとやって来た。
磨き上げられて飴色になった階段を上がり、長い廊下を歩く。
「なんで後ろ歩いとん? 隣に来たらええやん」
「いえ、でも。わたしが隣を歩くのは失礼かと」
「なんでやねん。寂しいこと言わんとき」
琥太郎さんはわたしの肩を、ぐいっと引き寄せました。
ああ、どうしたらいいの?
見上げたけれど、琥太郎さんは背が高いしパナマ帽を目深にかぶっているから、その表情までは見えない。
しかも肩を抱かれたままだから、わたしは前を向いているはずなのに意識のすべてが、肩に持っていかれてしまって。
心臓が口から出てしまいそう。
「ああ、ここやな。じゃあ、すぐに荷物運ばれると思うから」
鍵を一つ手渡して「じゃあ、また後でな」と、琥太郎さんは隣の部屋へと入っていった。
えらくあっさりした別れ。
わたしはまだ肩に、彼の手のぬくもりや感触が残っているというのに。
ううん。気にすることないわ。きっと車の運転で疲れているだろうし、ゆっくりと休みたいわよね。
わたしはこれからどうしようかしら。ホテルの庭を散歩でもしようかな。
そう考えつつ、マホガニーの扉を開いた。
大きな窓からは溢れんばかりの緑の木々が見える。二つ並んだ寝台。調度品も簡素ではあるけれど、質が良い上に丁寧に磨いてあるから、ぴかぴかに光っている。
「変わったクローゼットね」
部屋の奥に確かにクローゼットがあるのに、出入り口のすぐ脇の壁にもまた扉がある。
リネン類を仕舞う場所かしら、とわたしはドアノブに手を掛けた。
簡単に開いたその扉の向こうを見て、私はぽかんと口を開いてしまった。
「やぁ、文子さん。一分ぶりの再会やな」
思い出した。そういえばこの部屋は、琥太郎さんと続き部屋だった。もちろん両方の部屋をつなぐドアに、鍵なんて気の利いたものはない。
わたしは声にならない悲鳴を上げたの。
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