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三章
6、七夕の紙衣【1】
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「ほな。今度、二樂荘に行こな」と言い置いて、琥太兄と深山さんはホテルへと帰った。
玄関の外まで見送ると、深山さんは何度も名残惜しそうに翠子さんの方を振り返って見る。
本当はもっと翠子さんと一緒に過ごしたいのだろうな。
学校がある間は、二人で寄り添うように過ごしていたのだから。
「旦那さま。二樂荘って何ですか?」
「あー、何でも図書館があるらしいな。二人の夏休みの宿題を終わらせようというつもりだろう」
深山さんの姿が見えなくなるまで、手を振っていた翠子さんが、俺を見上げた。
「宿題……」と呟くと、露骨に嫌な顔をする。
分かるよ、その気持ちは。だが、夏休みの前半に俺が仕事に行っている間、君はエリスと遊んでいたよな。
仕事から帰ったら、部屋に猫じゃらしや、紐が畳の上に置いてあった。
朝の涼しい内に、宿題を済ませてしまえばいいものを。俺に叱られるからと、数学だけはきちんと終わらせているのは知っているが。
まぁ、俺も厳しく言わずに見逃していたんだ。仕方がないな。
◇◇◇
ああ、何故別荘に来る前に宿題を済ませてしまわなかったのでしょう。
わたくしは、頭がくらくらしました。
しかも苦手な古文を残しているんです。ええ、大量に。
「エリスー。聞いてください」
わたくしは廊下を歩いているエリスを抱き上げようとしましたが、するりと逃げられてしまいました。
どうして? さっきはあんなに優しかったじゃないですか。
今夜は旧暦の七夕なので、お清さんが千代紙を持ってきてくださいました。
短冊にはお願い事や詩歌を書いて。網目に切った紙の飾りや、吹き流しはすでに飾ってあります。それに何といっても紙衣です。
「なんでもお裁縫が上手になるらしいですよ」
「やります。折ります」
わたくしは挙手してお清さんに申し出ました。旦那さまは「授業でも、それくらい元気よくいてくれたらいいんだが」と、ぼやいていらっしゃいます。
無理ですよ。わたくしは授業中は大気に溶け込むように、窓や壁に溶け込むように気配を消しているんです。
だいたいの授業はそれで上手くいくんですけど。旦那さま……高瀬先生には通用していませんでしたね。
でも、さっきも家庭科の宿題を終えましたし。(玉結びを失敗したのは、内緒です)次は旦那さまの浴衣を縫うという野望があるのです。
「待て、お清。翠子さんは今から俺と過ごすんだ。折り紙なんか後でいいじゃないか」
「どうなさいます? 翠子さん」
わたくしを真ん中にして、左右から旦那さまとお清さんが問いかけてきます。
な、なんでしょう。これ。ものすごい圧を感じるんですけど。
「さっきまでは深山さんに翠子さんを貸してあげていたんだ。ちゃんと順番を守る俺は偉いと思うぞ」
ぐいっと肩を引っ張られて、わたくしの体は旦那さまの腕の中にすっぽりと収まります。
「それは子どもの理論ですよ、お坊ちゃま」
「……お坊ちゃまって言うなよ」
「では、翠子さんとお坊ちゃま。お二人で紙衣を作っては如何ですか?」
それはいい考えです。
わたくしは旦那さまにがっしりと拘束されたまま、うなずきましたが。
やはり頭上からの圧がすごいんです。
「仕方がない。俺も大人だ、譲歩してやろう。じゃあ、そうだな。居間で作ろうか。お清、千代紙を用意してやってくれ」
わたくしの返事を待たずに、ほとんど連行されるように居間へと連れて行かれます。
玄関の外まで見送ると、深山さんは何度も名残惜しそうに翠子さんの方を振り返って見る。
本当はもっと翠子さんと一緒に過ごしたいのだろうな。
学校がある間は、二人で寄り添うように過ごしていたのだから。
「旦那さま。二樂荘って何ですか?」
「あー、何でも図書館があるらしいな。二人の夏休みの宿題を終わらせようというつもりだろう」
深山さんの姿が見えなくなるまで、手を振っていた翠子さんが、俺を見上げた。
「宿題……」と呟くと、露骨に嫌な顔をする。
分かるよ、その気持ちは。だが、夏休みの前半に俺が仕事に行っている間、君はエリスと遊んでいたよな。
仕事から帰ったら、部屋に猫じゃらしや、紐が畳の上に置いてあった。
朝の涼しい内に、宿題を済ませてしまえばいいものを。俺に叱られるからと、数学だけはきちんと終わらせているのは知っているが。
まぁ、俺も厳しく言わずに見逃していたんだ。仕方がないな。
◇◇◇
ああ、何故別荘に来る前に宿題を済ませてしまわなかったのでしょう。
わたくしは、頭がくらくらしました。
しかも苦手な古文を残しているんです。ええ、大量に。
「エリスー。聞いてください」
わたくしは廊下を歩いているエリスを抱き上げようとしましたが、するりと逃げられてしまいました。
どうして? さっきはあんなに優しかったじゃないですか。
今夜は旧暦の七夕なので、お清さんが千代紙を持ってきてくださいました。
短冊にはお願い事や詩歌を書いて。網目に切った紙の飾りや、吹き流しはすでに飾ってあります。それに何といっても紙衣です。
「なんでもお裁縫が上手になるらしいですよ」
「やります。折ります」
わたくしは挙手してお清さんに申し出ました。旦那さまは「授業でも、それくらい元気よくいてくれたらいいんだが」と、ぼやいていらっしゃいます。
無理ですよ。わたくしは授業中は大気に溶け込むように、窓や壁に溶け込むように気配を消しているんです。
だいたいの授業はそれで上手くいくんですけど。旦那さま……高瀬先生には通用していませんでしたね。
でも、さっきも家庭科の宿題を終えましたし。(玉結びを失敗したのは、内緒です)次は旦那さまの浴衣を縫うという野望があるのです。
「待て、お清。翠子さんは今から俺と過ごすんだ。折り紙なんか後でいいじゃないか」
「どうなさいます? 翠子さん」
わたくしを真ん中にして、左右から旦那さまとお清さんが問いかけてきます。
な、なんでしょう。これ。ものすごい圧を感じるんですけど。
「さっきまでは深山さんに翠子さんを貸してあげていたんだ。ちゃんと順番を守る俺は偉いと思うぞ」
ぐいっと肩を引っ張られて、わたくしの体は旦那さまの腕の中にすっぽりと収まります。
「それは子どもの理論ですよ、お坊ちゃま」
「……お坊ちゃまって言うなよ」
「では、翠子さんとお坊ちゃま。お二人で紙衣を作っては如何ですか?」
それはいい考えです。
わたくしは旦那さまにがっしりと拘束されたまま、うなずきましたが。
やはり頭上からの圧がすごいんです。
「仕方がない。俺も大人だ、譲歩してやろう。じゃあ、そうだな。居間で作ろうか。お清、千代紙を用意してやってくれ」
わたくしの返事を待たずに、ほとんど連行されるように居間へと連れて行かれます。
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