【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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三章

9、葱と茗荷【1】※文子視点

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 夕暮れ時、わたし達は昨夜と同じホテル内の料亭で夕食をとった。
七夕ということで、横に割った青竹に入ったお素麺が添えられていたんだけど。
 夕食にお素麺? 座布団に腰を下ろしながら首を傾げるわたしに、琥太郎さんが説明をしてくれたの。

「もともと七夕には索餅さくべいっていう、かりんとうみたいなんが食べられとったんやけど。それが時代が下って素麺になったんや」
「かりんとうが、お素麺に?」

 どこをどうしたら、そんな変化を。揚げる前のかりんとうを、全力で引っ張った人がいたのかしら? と考えていると、琥太郎さんが楽しそうに微笑みながら、冷酒を召し上がったの。

「今日は、文子さんは梅酒は飲まんとこか」
「え、はい。飲みませんよ」

 顔が赤く染まるのが、自分でも分かる。ほんの少しの食前酒とはいえ、琥太郎さんの前で眠ってしまうなんて。大失態だったもの。

「風呂も先に入った方がええな」
「……うっ」

 その言葉の意味するところを察知して、顔どころか首や耳まで熱くなった。

「大丈夫やで。痕を残すような真似はしてへんから。普通に温泉に入って温まってき」

 用意周到ですよ、琥太郎さん。
 座敷の机で向かい合いながら、わたしは鰻をいただいた。蒸していない関西風の鰻は、炭火でカリッと焼いてあって香ばしい。舌が痺れるような山椒も好きだけど、この料亭では木の芽が鰻にのせらられている。

 茶色というか飴色というか。鰻の色に鮮やかな木の芽の緑が映えている。

 琥太郎さんは綺麗な手つきで塗りのお箸を持ち、素麺つゆに薬味を入れていた。つゆはガラスの切子の器に入っていて涼し気で、そこに細かく刻まれた茗荷みょうがを入れている。

「茗荷は食べすぎると馬鹿になるって言うなぁ。あれは何でやろ」
「え? そうなんですか」

 わたしは、翠子さんが茗荷が大好きなのを知っているから、思わず問い返してしまった。
 翠子さん、馬鹿じゃないわよ。おっとりしているけれど、ちゃんと自分の考えを持っているし。数学なんてわたしよりもずっとずっと成績がいいもの。
 
「安心し。文子さんも翠子さんも馬鹿とちゃうで」
「えっ」
「ちなみに葱を食べると、かしこなるって言うよなぁ。あれも根拠は何なんやろ。茗荷と葱を一緒に食べたら、相殺されるってことかなぁ」
「じゃあ、きっと琥太郎さんはお葱をたくさん食べたんですね」

「そうかもしれへんなぁ」と、琥太郎さんは静かに微笑んだ。
 否定しないんだ、と思ったけど。彼なりに、わたしに対して気を遣ってくれているのかもしれない。

 三條組の若頭なのに、ただの女学生を気遣ってくれて申し訳ない気がする。
 でも、きっと遠慮しちゃ駄目なのよね。

「琥太郎さんは、その……学生時代ってどんな風だったんですか? えっと、わたしくらいの年齢の頃ですけど」

 突拍子もない問いかけだったのに。琥太郎さんは一度大きく目を見開くと、なぜか満面の笑みを浮かべた。
 思いもかけない彼の表情に、わたしはすくっていた玉子豆腐を木の匙から落としてしまった。

「嬉しいなぁ」

 にこにこと機嫌よさそうに、琥太郎さんはグラスに入った冷酒を飲む。
 あの、何が嬉しいんでしょう。凡人のわたしには、さっぱり分からないんですけど。

「あの頃は文科甲類やったから、英語漬けやったなぁ。けど、乙類や丙類の生徒みたいにドイツ語やフランス語で授業されるよりは、英語の方がマシやったけど」
「うちの兄も苦しんでいました」
「な。自国の言葉で授業を受けられへんのは、なかなかにきついで」

「けどなぁ」と琥太郎さんはお酒を飲み干して、ガラスの器を置いた。
 
「連続して同じ学年で三回留年したら、退学になるから。きっちりと二年ずつで進級しとった奴もおったなぁ」
「六年、高等学校にいるということですか?」
「楽しかったんやろなぁ」

 琥太郎さんは遠い目をなさった。
 学生服に身を包み、角帽をかぶった琥太郎さんの姿はこれっぽっちも想像ができない。高瀬先生なら、学生服くらいは……。
 うん、似合わないわね。
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