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三章
21、おやすみなさい
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一面に星を映した湖はとても美しくて、それはもう美しくて。
柔らかな肌触りの綿紗の寝間着に着替えて、ベッドに横になり、瞼を閉じても星が瞬いているかのようでした。
「う……ぅ、重いですよ」
「にゃーあ」
「いえ、そのお返事ではなく。せめて体から降りてもらえれば助かるのですけど」
今度は返事がありません。嬉しそうに尻尾をぴんと立てています。
降りるつもりはないのですね。
なぜか今夜のエリスは、わたくしの胸の上ででろーんと腹這いになって伸びています。
ゴロゴロと喉を鳴らす音がやたらと大きく聞こえるのは、彼女がわたくしの頬に小さなその顔を密着させているからです。
「たいそう好かれているな、翠子さん」
「そ、そうなのでしょうか。何か意地になっているように思えるんですけれど」
「まぁ、そうだろうな」
くっくっと含み笑いをしながら、旦那さまはご自分のベッドに入りました。
ご自分だけぐっすりと熟睡なさるおつもりなのね。
「ねぇ、あなたを置いて湖に行ったのは謝るわ。でもね、お外にはフクロウがいるのよ。猛禽よ。分かるかしら、あなたみたいな子は咥えて巣に運ばれて、それで……その」
フクロウの巣に運ばれて、嘴でつつかれて食べられてしまうエリスを想像すると、涙が溢れてきました。
わたくしを覗きこむエリスの顔も、その背後に広がる天井も、何もかもが滲んでいきます。
「ど、どうしましょう。わたくし、どうしたらいいの?」
「翠子さん?」
「うぅ、存分に甘えていいですから。わたくしはエリスのものですから、お外には出ないでぇ」
ぐすぐすと涙声で、わたくしはエリスを抱きしめました。
エリスは目を細めて、わたくしに頭をすり寄せてきます。
◇◇◇
おいおい、待てよ。
俺はベッドで上体を起こして呆れていた。
まるで今生の別れかと思うほどに、エリスをぎゅうっと抱きしめる翠子さん。当のエリスは、ここぞとばかりに彼女に甘えている。
しかも「わたくしはエリスのものです」だと?
いつ誰がそんなことを決めた。今、翠子さんが決めたのだが。
それは俺は認めないぞ。
今夜、おとなしく留守番をしていたエリスのために俺が譲歩しただけなんだ。
俺は小さくため息をついて、枕に頭を置いた。
まぁ、約束は約束だ。ちゃんと守ろう。
瞼を閉じてうとうとしていると。ぎしりと音がした。
ん? 翠子さんが転がってきたのか? 期待に目を開けると……何ということだ。桃色の肉球が、俺の頬……いや鼻の辺りを押さえつけている。
「君、何をしてるんだ?」
「ふんっ」
鼻息だろうと思うが、明らかにエリスは「ふんっ」と言った。
可愛い顔をして、なかなかに素行がよろしくない。
尻尾を振りながら、翠子さんの元へと帰るエリス。
今日は夜の散歩で疲れたのか、翠子さんは元気よく転がっては来ない。
少し微笑むような唇。きっと今夜の満天の星の夢を見ているのだろうな。
七夕に縁遠かったあなたに、いい夜をあげることが出来てよかった。
ふと、嗅ぎ慣れた翠子さんの香りが鼻をかすめた。石鹸の香りと、甘い香り。
「お前、もしかして。俺に翠子さんの香りだけでも届けに来たのか?」
「にゃあ」
翠子さんの首に巻きつくように、エリスは脚を曲げた。
どうでもいいが、それ、翠子さんが息苦しくないか? せっかくのいい夢が悪夢になりはしないだろうか。
風が出てきたのか、窓の外では木々の葉擦れの音が聞こえる。
星を映す鏡は、もう消えてしまったのだな。
そう思いながら、翠子さんの香りに包まれて俺は眠りに落ちた。
柔らかな肌触りの綿紗の寝間着に着替えて、ベッドに横になり、瞼を閉じても星が瞬いているかのようでした。
「う……ぅ、重いですよ」
「にゃーあ」
「いえ、そのお返事ではなく。せめて体から降りてもらえれば助かるのですけど」
今度は返事がありません。嬉しそうに尻尾をぴんと立てています。
降りるつもりはないのですね。
なぜか今夜のエリスは、わたくしの胸の上ででろーんと腹這いになって伸びています。
ゴロゴロと喉を鳴らす音がやたらと大きく聞こえるのは、彼女がわたくしの頬に小さなその顔を密着させているからです。
「たいそう好かれているな、翠子さん」
「そ、そうなのでしょうか。何か意地になっているように思えるんですけれど」
「まぁ、そうだろうな」
くっくっと含み笑いをしながら、旦那さまはご自分のベッドに入りました。
ご自分だけぐっすりと熟睡なさるおつもりなのね。
「ねぇ、あなたを置いて湖に行ったのは謝るわ。でもね、お外にはフクロウがいるのよ。猛禽よ。分かるかしら、あなたみたいな子は咥えて巣に運ばれて、それで……その」
フクロウの巣に運ばれて、嘴でつつかれて食べられてしまうエリスを想像すると、涙が溢れてきました。
わたくしを覗きこむエリスの顔も、その背後に広がる天井も、何もかもが滲んでいきます。
「ど、どうしましょう。わたくし、どうしたらいいの?」
「翠子さん?」
「うぅ、存分に甘えていいですから。わたくしはエリスのものですから、お外には出ないでぇ」
ぐすぐすと涙声で、わたくしはエリスを抱きしめました。
エリスは目を細めて、わたくしに頭をすり寄せてきます。
◇◇◇
おいおい、待てよ。
俺はベッドで上体を起こして呆れていた。
まるで今生の別れかと思うほどに、エリスをぎゅうっと抱きしめる翠子さん。当のエリスは、ここぞとばかりに彼女に甘えている。
しかも「わたくしはエリスのものです」だと?
いつ誰がそんなことを決めた。今、翠子さんが決めたのだが。
それは俺は認めないぞ。
今夜、おとなしく留守番をしていたエリスのために俺が譲歩しただけなんだ。
俺は小さくため息をついて、枕に頭を置いた。
まぁ、約束は約束だ。ちゃんと守ろう。
瞼を閉じてうとうとしていると。ぎしりと音がした。
ん? 翠子さんが転がってきたのか? 期待に目を開けると……何ということだ。桃色の肉球が、俺の頬……いや鼻の辺りを押さえつけている。
「君、何をしてるんだ?」
「ふんっ」
鼻息だろうと思うが、明らかにエリスは「ふんっ」と言った。
可愛い顔をして、なかなかに素行がよろしくない。
尻尾を振りながら、翠子さんの元へと帰るエリス。
今日は夜の散歩で疲れたのか、翠子さんは元気よく転がっては来ない。
少し微笑むような唇。きっと今夜の満天の星の夢を見ているのだろうな。
七夕に縁遠かったあなたに、いい夜をあげることが出来てよかった。
ふと、嗅ぎ慣れた翠子さんの香りが鼻をかすめた。石鹸の香りと、甘い香り。
「お前、もしかして。俺に翠子さんの香りだけでも届けに来たのか?」
「にゃあ」
翠子さんの首に巻きつくように、エリスは脚を曲げた。
どうでもいいが、それ、翠子さんが息苦しくないか? せっかくのいい夢が悪夢になりはしないだろうか。
風が出てきたのか、窓の外では木々の葉擦れの音が聞こえる。
星を映す鏡は、もう消えてしまったのだな。
そう思いながら、翠子さんの香りに包まれて俺は眠りに落ちた。
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