【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
95 / 194
三章

20、七夕の銀河【3】

しおりを挟む
「そういえば、明治の末に見たハリー彗星も綺麗だったな。地球の空気が無くなるとのデマが流れて、自転車のチューブが売り切れたんだ。翠子さんも見たかい?」
「箒星ですね。わたくし、その頃に生まれていたかしら?」
「……そこか」

 今度は旦那さまは、肩を落とします。すくめたり、落としたりするたびに肩の動きに応じて、インバネスコートのケープが揺れました。
 湖は、別荘の辺りよりも冷えるのでやはり外套があると助かります。

 旦那さまは紙で出来た盤を取り出しました。
中央が円形にくり抜かれて、藍色の地に白い無数の点が線で結ばれています。

「これは何ですか?」
「星座早見盤。ほら、今日の日付と時間を合わせると……星座の位置が分かるんだ」

 わたくしには、ここでの東西南北が分からないのですが。旦那さまは、いとも簡単に方角まで合わせてしまいました。

「別荘を買う時に、方角を確認したんだよ」

 なるほど、そういうことでしたか。
 わたくしは基本的に海は南、山は北くらいの感覚しかないので。地元を離れると、さっぱり方角が分からなくなるのです。

 風が吹き、湖の波が澄んだ砂浜を洗います。さらさらと心地よい音。
 ボートの管理小屋は無人で、使われていないボートは陸に上げられています。

 ぱしゃん、と魚が湖面で跳ねました。
 満天の星を背景に跳ぶ魚。そういえば魚座というのが、ありましたよね。

「魚座はどこですか?」
「魚座かぁ。そうだな、秋の星座だから。九月十月、十一月の方が見やすいな」

「それよりも」と、旦那さまは天空に輝く三つの星を繋ぐように指を動かしました。

「今日は七夕なんだから、彦星と織姫だな。ほら、天の川を挟んだあの二つの星。鷲座のアルタイルと琴座のベガだ。そして白鳥座のデネブと結んで、夏の大三角。白鳥座は北十字とも呼ばれるな……翠子さん?」

 頭が混乱しました。
 彦星と織姫は分かります。でも、日本? いえ、中国古来の伝説とギリシア神話が混ざってしまって。
 七夕は、かささぎの橋を通って二人が出会うのは分かるんですけど。なぜ、ここで白鳥? 全然違う鳥ですよ。

「まぁ、難しく考える必要はないさ。古来、七夕はたらいに星を映して眺めていたそうだが。湖に映す方が壮大だろ」

 旦那さまは、カンテラの明かりを消しました。
 一瞬、辺りは闇に沈みましたが。
 でも、星明かりで湖は仄かに照らされ、砂浜の白さがいっそう際立ちました。

 空にも湖にも星が煌めき、天の川はまるで天上から湖面へと続いているようで。
 本当に宇宙の浜辺に立っているようです。

「ありがとうございます。連れてきてくださって」

 わたくしは、隣に立つ旦那さまの手をきゅっと握りました。

「お気に召して頂けましたか? お嬢さま」
「ええ、とても」

 星明かりの下で、わたくし達は微笑みを交わしました。そして、きゅっと手を繋いだのです。

 こんな素敵で壮大な七夕は、初めてです。

 しばらく湖畔で、星座早見盤で色々な星座を教えてもらったのですが。なにぶんにも星が多すぎて、区別がつかないんです。
 星だと思えば「惑星だ」と言われ。わたくしにはとても難しいのです。

◇◇◇

 別荘に戻り、寝室に入るとベッドで眠っていたエリスがわたくしに跳びついてきました。
 どうしたのでしょう。

 ごろごろと喉を鳴らして甘えてくるんですけど。枕の中央がへたっていますよ。
 
「ほら、エリス。翠子さんが着替えられないだろ」

 旦那さまの言葉にも知らんぷりで、わたくしの外套についている玉飾りを前脚で遊んでいます。
 
「お留守番だったから、寂しかったのでしょうか」
「まぁ、俺の番は終わったということさ」

 旦那さまは苦笑しながら、インバネスコートを脱ぎました。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...