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三章
23、朝ご飯のうずら粥【1】 ※文子視点
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「ほな、朝ご飯を食べにいこか」
そう言いながら、わたしに手を差し伸べる琥太郎さんはとても清々しい朝の光に包まれて。
昨夜、あんなにも追い詰められたとは思えないほどで。あれは幻だったのかしらと考えてしまうほどだけれど。
でも、体の奥に残る鈍い痛みが、現実だったと告げているの。
「ここの料亭の朝食は、美味しいらしいで」
「晩ご飯も美味しかったです」
「そら、よかった。文子さんの口に合うて」
部屋に鍵をかけると、琥太郎さんはその鍵を指でくるくると回しながら廊下を進んだ。
お風呂でよくご一緒するマダムと廊下ですれ違い、微笑みながら挨拶を交わしてくれる。
「良かったわ。お元気そうで」
「おはようございます。はい、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、マダムは琥太郎さんに視線を向けた。
「まだお嬢さんなのかと思ったけれど。お若いお嫁さんなのね。初期は具合が悪くなりやすいのよ。旦那さん、よく気を付けてあげてね」
「これはご丁寧に。妻のことを気にかけてくださり、恐縮です」
はい? 妻? 旦那さん? 初期って何が?
わたしはちょっぴり頭が混乱した。
けれど、琥太郎さんは否定もしないし。
「妻は体が丈夫ではないので、涼しい高原でのんびりさせようと連れてきたのですが。まだ身重ではないので、どうぞご心配なく」
身重って。思いっきり、勘違いされてたのね。それに体は弱くないのよ。
あわあわと手を動かしたり、唇を開こうとしたけれど。どうやら琥太郎さんは、そのまま話を進めた方が得策だと判断したみたい。
何だか色々ごめんなさい、マダム。
◇◇◇
部屋の鍵をフロントに預けた琥太郎さんは、料亭へと向かった。
お客さんはそれなりに入っているのだけれど。空席が目立つのは、西洋料理の方が人気だからかしら。
「朝食の後で散歩に行こうと思てるから、しっかり食べとき」
ああ、だから鍵を預けたのね。わたしは頷いた。
窓際のお座敷は、障子も窓も開け放たれて。外は森の緑に優しく彩られていた。
近くの湖から、波の音が微かに聞こえる。
波の音がするのに、海の匂いがしないのが不思議な心地。
「潮の香りがせぇへんから、妙な心地やな」
「わたしも、今それを考えていたところです」
「そうか。気が合うな」
琥太郎さんは、温かいお茶を口に含んで微笑んだ。
そうよね、同じ街に住んでいるんだもの。
気温も湿度も、風の香りも。わたし達は別々に暮らしていても、同じものを感じ取れるんだわ。
運ばれてきたお膳には、三段重ねの陶器や、木の蓋がついたぽってりとした器が載せられていた。
「ここの名物のうずら粥やで。白粥と選べるんやけど。今日はこっちな」
「は、はい。頂いたことないです」
三つ重ねの器を外して並べると、美しい黄色のだし巻き玉子、青菜の胡麻和え、それに湯葉と野菜の炊き合わせがそれぞれに入っていた。
「いただきます」
白味噌のお味噌汁は、じんわりと甘くて。焼いた生麩、たぶんよもぎ麩だと思うのだけれど。緑のお麩の表面はかりっとしているのに、中はお餅みたいにもっちりとして、とても美味しい。
「生麩って美味しいですよねぇ」
「文子さんは、生麩が好きなんか。田楽もええよな。あれは生麩を油で揚げて、甘めの味噌をつけるんかな? それとも木の芽味噌やったっけ」
ああ、言わないで。
想像するだけで美味しそう。
「ここのお麩やら湯葉、白味噌は名店のを取り寄せとうらしいで」
道理で、薄味で炊かれた生湯葉はとろりと柔らかく。口の中でとろけていくよう。なのに大豆の味が濃くて、わたしは目を閉じて味わった。
そう言いながら、わたしに手を差し伸べる琥太郎さんはとても清々しい朝の光に包まれて。
昨夜、あんなにも追い詰められたとは思えないほどで。あれは幻だったのかしらと考えてしまうほどだけれど。
でも、体の奥に残る鈍い痛みが、現実だったと告げているの。
「ここの料亭の朝食は、美味しいらしいで」
「晩ご飯も美味しかったです」
「そら、よかった。文子さんの口に合うて」
部屋に鍵をかけると、琥太郎さんはその鍵を指でくるくると回しながら廊下を進んだ。
お風呂でよくご一緒するマダムと廊下ですれ違い、微笑みながら挨拶を交わしてくれる。
「良かったわ。お元気そうで」
「おはようございます。はい、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、マダムは琥太郎さんに視線を向けた。
「まだお嬢さんなのかと思ったけれど。お若いお嫁さんなのね。初期は具合が悪くなりやすいのよ。旦那さん、よく気を付けてあげてね」
「これはご丁寧に。妻のことを気にかけてくださり、恐縮です」
はい? 妻? 旦那さん? 初期って何が?
わたしはちょっぴり頭が混乱した。
けれど、琥太郎さんは否定もしないし。
「妻は体が丈夫ではないので、涼しい高原でのんびりさせようと連れてきたのですが。まだ身重ではないので、どうぞご心配なく」
身重って。思いっきり、勘違いされてたのね。それに体は弱くないのよ。
あわあわと手を動かしたり、唇を開こうとしたけれど。どうやら琥太郎さんは、そのまま話を進めた方が得策だと判断したみたい。
何だか色々ごめんなさい、マダム。
◇◇◇
部屋の鍵をフロントに預けた琥太郎さんは、料亭へと向かった。
お客さんはそれなりに入っているのだけれど。空席が目立つのは、西洋料理の方が人気だからかしら。
「朝食の後で散歩に行こうと思てるから、しっかり食べとき」
ああ、だから鍵を預けたのね。わたしは頷いた。
窓際のお座敷は、障子も窓も開け放たれて。外は森の緑に優しく彩られていた。
近くの湖から、波の音が微かに聞こえる。
波の音がするのに、海の匂いがしないのが不思議な心地。
「潮の香りがせぇへんから、妙な心地やな」
「わたしも、今それを考えていたところです」
「そうか。気が合うな」
琥太郎さんは、温かいお茶を口に含んで微笑んだ。
そうよね、同じ街に住んでいるんだもの。
気温も湿度も、風の香りも。わたし達は別々に暮らしていても、同じものを感じ取れるんだわ。
運ばれてきたお膳には、三段重ねの陶器や、木の蓋がついたぽってりとした器が載せられていた。
「ここの名物のうずら粥やで。白粥と選べるんやけど。今日はこっちな」
「は、はい。頂いたことないです」
三つ重ねの器を外して並べると、美しい黄色のだし巻き玉子、青菜の胡麻和え、それに湯葉と野菜の炊き合わせがそれぞれに入っていた。
「いただきます」
白味噌のお味噌汁は、じんわりと甘くて。焼いた生麩、たぶんよもぎ麩だと思うのだけれど。緑のお麩の表面はかりっとしているのに、中はお餅みたいにもっちりとして、とても美味しい。
「生麩って美味しいですよねぇ」
「文子さんは、生麩が好きなんか。田楽もええよな。あれは生麩を油で揚げて、甘めの味噌をつけるんかな? それとも木の芽味噌やったっけ」
ああ、言わないで。
想像するだけで美味しそう。
「ここのお麩やら湯葉、白味噌は名店のを取り寄せとうらしいで」
道理で、薄味で炊かれた生湯葉はとろりと柔らかく。口の中でとろけていくよう。なのに大豆の味が濃くて、わたしは目を閉じて味わった。
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