【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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三章

24、朝ご飯のうずら粥【2】 ※文子視点、後半琥太郎視点

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 ぽってりとした器に載せられた木の蓋を取ると、ふわっと湯気が上がった。
 これがうずら粥。
 普通の白粥しか食べたことのない……いいえ、そもそもうずらを食べたこともないわたしは、じっくりと煮込まれた粥を見つめた。

「眺めとったら冷めるで。ほら」

 そう言うと、琥太郎さんは小さな木のお玉でお粥をお椀によそってくれた。
 ぱらりと散らされた三つ葉は、まだ色鮮やかな浅緑あさみどり

「い、いただきます」
「二度目やけどな」

 添えられた木の匙でお粥をすくって口に運ぶ。
 とろとろに煮込まれたお米、それにこくのあるうずらの味。三つ葉の冴えた味がいい感じ。

「美味しいです」

 わたしは瞼を閉じて、お粥の味を堪能した。

「喜んでもらえて、何よりや。この吉野葛よしのくずの出汁をかけても、美味しいで」

 ああ、そんな魅惑的な提案をしないで。太ってしまいそうよ。

「そうそう。山椒ちりめんを加えてもええし。浅炊きのちりめんやから、味は濃くないで」

 琥太郎さんの提案は、悪魔のささやき。
 胃が無限大に広がれば、いくらだって食べられるのに。

 琥太郎さんは器用にお箸でお粥を食べていた。
 何度見ても、本当にお箸の使い方が綺麗。
 わたしは、お箸でお粥を食べるのはどうにも苦手なのよね。

「琥太郎さんなら、カリーライスもお箸で食べられそうですね」
「無茶言うなぁ。文子さんは」
「ふふっ」

 わたしがつい微笑んだせいで、琥太郎さんもつられたのか笑みを返してくれた。

「オムライスはあかんかったなぁ。あれはスプーンやないと難しかったわ」
「挑戦なさったのね」
「いけそうな気がしたんや」

 店内は静かで、わたし達のようにそれぞれの席で小さくしゃべる声がさざ波のように聞こえる。
 こんな朝からテニスをしているのかしら。ぽーん、という球の音も微かに耳に届いた。

◇◇◇

 そうか。文子さんは生麩が好きなんか。
 私は心の筆記帳に、それを書き込んだ。
 
 文子さんとこうして一緒にホテルに来る前は、遠くから眺めることしかできへんかった。
 というか近くに寄っても、この子は「翠子さん、翠子さん」ばかりで、私のことには気づきもせぇへんかったからな。

 ほんまに翠子さんと一緒にらん文子さんを見つけるんは、難儀したわ。
 文子さんにとって大事なんは翠子さんと猫で、それ以外は(私も含めて)ただの群集なんかもしれへんな。

「私に気ぃついてくれて、光栄やで」
「どうしたんですか。急に」
「まぁな。ちょっと言いたなっただけや」

 同じようなホテルでも、ここは別荘地やから。居留地近くにあるホテルとちごて、朝ものんびりしとう。
 そして同じ料亭でも、京都にある本店は茶人や文化人、財界人らが贔屓にしとうから、妙に格式ばっとう。

 ここくらいの呑気さが、私にはちょうどええみたいや。
 
「ここは別天地で。帰りたくなくなっちゃいますね」
「せやなぁ。ほんまに欧之丞みたいに別荘を買うのも有りやなぁ」

 その提案は二度目なので、今度は文子さんは「三條組の別荘ですか」という頓珍漢なことは言わへんかった。

 ただ静かに頷いたんや。

 私は表情には出さへんかった。けど、実は顔がにやけそうになった。
 三十年以上生きてきて、頬が緩むのを初めて自覚した。
 それくらい、嬉しかったんや。
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