【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

文字の大きさ
103 / 194
三章

28、嫉妬したんです ※文子視点

しおりを挟む
 多分、琥太郎さんはわたしの軽くおでこを弾いただけで、力を入れていなかったのだと思うけど。
 おでこが、じんじんと鈍く痛んでいるの。
 そのせいかしら。心に刺さっていた棘が、いつの間にか抜けた気がして。
 ああ、わたしはさっきの女性が嫌だったんだわ、と実感した。

 車道から外れて、左右を丈の高い草に囲まれた小道を進む。
 二人並んで歩くほどの幅はないから。琥太郎さんが先に立って、わたしに向かって手をさしのべてきた。

「ほら、手ぇつなご」
「は、はい」

 ぎゅっと握りしめられた琥太郎さんの手は、少しひんやりとしている。

「あ、ごめん。痛なかったか?」
「大丈夫です」

 ほんとは、少し痛かったけれど。でも、さっき琥太郎さんに迫ってきた女性には、近寄るなと言い放ったのに。わたしには、手を差し伸べてきてくれるのだと思うと嬉しくて。

「あかんなぁ。醜態を見せてしもたから、文子さんに逃げられるんちゃうかと思て。つい、力が入ってしもたわ」
「琥太郎さん、素敵ですから」
「うーん。けど、やっぱり私は翠子さんには勝たれへんねんなぁ」
「あの、もうその話は……」

 恥ずかしいわ。翠子さんとは同い年なのに、心理的に常に彼女に頼りきりなんだもの。
 翠子さんは、琥太郎さんと二人きりのわたしのことを案じてくれているのに。わたしはといえば、自分のことばかりで。

「悪いって言うてるわけやないで。翠子さんは、文子さんの一番大事な人やから、嫉妬もせぇへん」
「は、はい。ありがとうございます」

 琥太郎さんは足を止めると、わたしの方を振り返った。
 高原の涼しい風が、腰のあたりまでを覆う草をそよそよとなびかせる。
 それに応じて赤とんぼも風に流される。

「さっきの女性の言葉が、耳に痛いわ」

 急にどうなさったのかしら? わたしは琥太郎さんの顔を見上げた。
 琥太郎さんは、赤とんぼの群れを眺めている。琥珀色の目を少し伏せながら。

「『私の方が先に知り合っていたら、私を選んでくれたのか』って言うとったやろ」
「はぁ」

 確かに、彼女はそんな風なことを言っていた気がする。あの時のわたしは、琥太郎さんを奪われたくなくて。

 わたしなんかじゃ、琥太郎さんに相応しくないから。だから値踏みされて見下されて、琥太郎さんを奪おうとするの?
 やめて。わたしから琥太郎さんを取り上げないで。
 貴女から見れば、ぱっとしない女かもしれないけど。それでも、わたしはこの人に選んでもらえたの。自信は……これっぽっちもないけれど。
 
 そんな風に頭の中がぐるぐるとしていたの。

「文子さんが翠子さんと仲良うなる前に、私と出会でおとったとしてもやで。文子さんの一番は、翠子さんなんやろなって思て」
「でも、友人と恋人は違いますから」
「恋人?」

 琥太郎さんの声が、驚いたように高くなった。
 珍しいわ。これまで一緒にいて、そういう風に驚くことは、あまりない人だと思っていたのに。
 
「文子さん。今、何て言うた?」
「いえ、ですから。友人と恋人は違うって」
「こ・い・び・と」

 琥太郎さんは、一言一言を区切って念押しをするように言葉を発した。

「あ……っ」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

処理中です...