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三章
29、厄介な人 ※文子視点
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ようやくわたしは自分の失言に気がついた。
恋人って何? わたし、琥太郎さんの恋人じゃないでしょ。お見合いをして、い……い、許嫁にするとは言ってもらえたけれど。
恋と結婚は、違うでしょ。
……いいえ、違わないわ。
わたしは学友のように親が決めた相手との結婚ではなくて、琥太郎さんが見初めて、声を掛けてくださったの。
「そうかぁ。私は文子さんの恋人なんかぁ」
「お願い、もう仰らないで」
「いーや、なんぼでも言うで」
さっきまで少し寂しげだった琥太郎さんなのに。今は満面の笑みを浮かべている。
しかも目許がなぜか悪戯っぽく細められているのは、どうしてなの?
「恋人やもんな。堂々と手ぇつないでもええもんな」
妻として紹介されるよりも、恋人と言われる方が何倍も恥ずかしいんですけど。
わたしは、顔がかーっと熱くなるのを感じた。
「文子さん、林檎みたいやで」
「……琥太郎さんの所為です」
「んん? 自分で恋人って名乗ったくせに。私を翻弄するやなんて、文子さんは魔性やなぁ」
「違いますって。魔性なのは琥太郎さんです」
熱を持った頬を、琥太郎さんの指先がつんっとつつく。
「さっきの女性のことやけど。私を奪われたくなくて、必死やったんやろ」
「知りませんっ」
「もーう、素直にならな。ほら、琥太郎兄ちゃんは、文子さんとずっと一緒におったるで」
わたしから手を離したと思うと、琥太郎さんはわたしの両頬をぎゅっと左右の手で挟んだ。
「な、なにをひゅるんでふか」
「変な顔。でも、変な顔も文子さんは可愛いなぁ」
失礼なっ。一瞬頭に血が上ったけれど。わたしの顔を覗きこむ琥太郎さんが満面の笑顔だったから。
なんだか力が抜けて、笑ってしまったの。
わたし、あなたの一番近くにいることを許されたんだわ。
まぁ、いろいろと揶揄われたりして、大変みたいだけれど。これ、高瀬先生と翠子さんが良く知っている琥太郎さんよね。
少し坂になった道を上ると、一気に視界が開けた。
眼下には一面に草原が広がっている。青々とした草の中に見えるのは薄紫の花。料亭の個室にも飾ってあった松虫草が咲いている。
それに薄紅の花はヤナギラン。茎の下から花が咲いて、てっぺんまで咲ききったら雪が降るのだと、ここへ来る車の中で琥太郎さんが教えてくれたわ。
「きれいですね」
「文子さんと見るから、よけいに綺麗なんやろな」
すぐにそういう調子のいいことを仰るんだから。
火照った顔を、高原の涼しい風が撫でていく。
一面に草が生えていると思ったけれど。散策のための道が続いているようで、わたし達はその中を進んだ。
どこまでも続くように見えるなだらかな丘は、鮮やかな緑の草に彩られ。秋の気配を宿した澄んだ蒼空に、綿菓子のような白い雲が浮かんでいる。
上空は風が強いのか、丘には雲の影が落ちて、それが徐々に移動していく。
「丘の上なのに、海が見えないのが不思議ですね」
「せやなぁ。どこまでも丘やもんなぁ」
「空の蒼と草原の緑が、美しさを競い合っているみたい」
「じゃあ、草原の勝ちやな」
琥太郎さんは、ベストの裾を風に翻しながら微笑んだ。
そうね、草原の方が綺麗な花が咲いているものね。そう思っていたのに。
「こっちには文子さんがおるからな」
「は、はい?」
「ん? 私、なんかおかしいこと言うたか?」
おかしいですよ。琥太郎さん、わたしのことを褒めすぎです。持ち上げすぎです。
わたしよりも琥太郎さんの方が綺麗なのに。
けれど、琥太郎さんは少し屈みこんでわたしの唇を塞いだの。もちろん、彼の唇で。
恋人って何? わたし、琥太郎さんの恋人じゃないでしょ。お見合いをして、い……い、許嫁にするとは言ってもらえたけれど。
恋と結婚は、違うでしょ。
……いいえ、違わないわ。
わたしは学友のように親が決めた相手との結婚ではなくて、琥太郎さんが見初めて、声を掛けてくださったの。
「そうかぁ。私は文子さんの恋人なんかぁ」
「お願い、もう仰らないで」
「いーや、なんぼでも言うで」
さっきまで少し寂しげだった琥太郎さんなのに。今は満面の笑みを浮かべている。
しかも目許がなぜか悪戯っぽく細められているのは、どうしてなの?
「恋人やもんな。堂々と手ぇつないでもええもんな」
妻として紹介されるよりも、恋人と言われる方が何倍も恥ずかしいんですけど。
わたしは、顔がかーっと熱くなるのを感じた。
「文子さん、林檎みたいやで」
「……琥太郎さんの所為です」
「んん? 自分で恋人って名乗ったくせに。私を翻弄するやなんて、文子さんは魔性やなぁ」
「違いますって。魔性なのは琥太郎さんです」
熱を持った頬を、琥太郎さんの指先がつんっとつつく。
「さっきの女性のことやけど。私を奪われたくなくて、必死やったんやろ」
「知りませんっ」
「もーう、素直にならな。ほら、琥太郎兄ちゃんは、文子さんとずっと一緒におったるで」
わたしから手を離したと思うと、琥太郎さんはわたしの両頬をぎゅっと左右の手で挟んだ。
「な、なにをひゅるんでふか」
「変な顔。でも、変な顔も文子さんは可愛いなぁ」
失礼なっ。一瞬頭に血が上ったけれど。わたしの顔を覗きこむ琥太郎さんが満面の笑顔だったから。
なんだか力が抜けて、笑ってしまったの。
わたし、あなたの一番近くにいることを許されたんだわ。
まぁ、いろいろと揶揄われたりして、大変みたいだけれど。これ、高瀬先生と翠子さんが良く知っている琥太郎さんよね。
少し坂になった道を上ると、一気に視界が開けた。
眼下には一面に草原が広がっている。青々とした草の中に見えるのは薄紫の花。料亭の個室にも飾ってあった松虫草が咲いている。
それに薄紅の花はヤナギラン。茎の下から花が咲いて、てっぺんまで咲ききったら雪が降るのだと、ここへ来る車の中で琥太郎さんが教えてくれたわ。
「きれいですね」
「文子さんと見るから、よけいに綺麗なんやろな」
すぐにそういう調子のいいことを仰るんだから。
火照った顔を、高原の涼しい風が撫でていく。
一面に草が生えていると思ったけれど。散策のための道が続いているようで、わたし達はその中を進んだ。
どこまでも続くように見えるなだらかな丘は、鮮やかな緑の草に彩られ。秋の気配を宿した澄んだ蒼空に、綿菓子のような白い雲が浮かんでいる。
上空は風が強いのか、丘には雲の影が落ちて、それが徐々に移動していく。
「丘の上なのに、海が見えないのが不思議ですね」
「せやなぁ。どこまでも丘やもんなぁ」
「空の蒼と草原の緑が、美しさを競い合っているみたい」
「じゃあ、草原の勝ちやな」
琥太郎さんは、ベストの裾を風に翻しながら微笑んだ。
そうね、草原の方が綺麗な花が咲いているものね。そう思っていたのに。
「こっちには文子さんがおるからな」
「は、はい?」
「ん? 私、なんかおかしいこと言うたか?」
おかしいですよ。琥太郎さん、わたしのことを褒めすぎです。持ち上げすぎです。
わたしよりも琥太郎さんの方が綺麗なのに。
けれど、琥太郎さんは少し屈みこんでわたしの唇を塞いだの。もちろん、彼の唇で。
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