【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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三章

30、見てはなりません

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 別荘の窓の外、銀司さんが七夕飾りのついた笹を片付けています。

 七夕送りといって、笹や短冊を川や海に流すことが多いのですが。別荘地であるここでは、それぞれの敷地内で燃やすのだそうです。

「燃やしていいんですか?」
「天上の彦星と織姫に、願いが届くとも云うなぁ」

 朝食をいただきながら、わたくしと旦那さまは窓の外を眺めています。
 お膝にエリスがちょこんと座っているんです。彼女の好きそうな物はないんですけど。

「エリス。オレンジはいかが?」

 瑞々しい果汁たっぷりのオレンジをてのひらに載せても、エリスはふいっと横を向いてしまいます。
 かといってパンも食べないですし。蒸した野菜も苦手ですよねぇ。
 ハムなら食べるかしら。

「翠子さん、別に甘やかす必要はないぞ。エリスはもうちゃんと食べているんだから。あと、猫は柑橘系は食わん」
「でも、全然お膝から降りないですよ」
「……夜の間だけと言ったのに」

 旦那さまは渋い表情で、コーヒーを召し上がっています。「エリスは君に甘えているだけだ」と仰るのですけど。

 食後、お清さんのお手伝いで食器を洗っている間も、エリスはわたくしの足元にまとわりついていました。
 流しから水が跳ねると、慌てて逃げるのですけど。またしばらくすると、わたくしの元に来るのです。

「欧之丞坊ちゃんが、嫉妬なさいますねぇ」
「そうかしら。そもそもエリスは旦那さまには、そこまで懐いていないですよ。相性が悪いのかしら」

「あらあら、翠子さんを取られているからですよ」と仰いながら、お清さんはすでに乾いているお皿を食器棚に片づけています。

 午前中に笹を燃やしてしまおうということで、旦那さまとわたくしはブリキのバケツに水を汲んで庭へと向かいました。
 灰色の地に薔薇模様が織り上げてある銘仙を汚してはなりません。わたくしは単衣の上に、繻子のエプロンをつけました。
 
 肩紐の部分と胸当ての部分に、ひらひらのフリルがついたエプロンです。

「どうです? 似合っていますか?」
「うんうん。よく似合うぞ」

 バケツを軽々と片手で持ちながら、旦那さまが目を細めます。
 わたくしは嬉しくなって、旦那さまの前でくるりと回りました。後ろで結んだリボンが、ひらりとなびきます。

「可愛いけど、子どもみたいだよな。そのエプロン」
「否定はしません。尋常小学校の高学年から使っているものですから」
「そこは物持ちがいいと感心するところなのか、それとも翠子さんは子どもの頃から育っていないのかと落胆すべきところなのか」

 まぁ、失礼ね。

「確かに身長は、あまり変わってないかしら。でも成長している部分もあるんですよ」
「ああ、胸とか尻だな。さすがに子ども体形ではないな」

 うんうん、と旦那さまは頷きます。

 え? ええっ? 何ですか、それは。
 わたくしは、知性と教養が育っているつもりで話したんですよ。

 かこーん、という音に顔を上げると、薪を割ったばかりの銀司さんが目を丸くして、わたくしを凝視なさっていました。
 そして視線が合うと、急に逸らしたんです。

 待って、待って。どういうことなんですか?
 銀司さん、わたくしの胸やお尻をご存じじゃありませんよね。しかもどうして頬を染めていらっしゃるの?
 
「いえ、ぼくはちゃんと見たわけではないですよ。そんな失礼なことをしたら、旦那さまに叱られますから」

 斧を手にした銀司さんは、わたくしの方を見ずに言いました。
 ちゃんと見たわけじゃないなら、ちらっとは見たんですね?

 あまりの恥ずかしさに、顔が急激に熱を持ちます。
 わたくしは慌てて、旦那さまの背中に隠れました。エリスも振り落とされまいと、しがみついています。

「う、ううっ。わたくしのお尻を見てもいいのはエリスだけです」
「え、ちょっと待ちなさい。翠子さん。俺は?」
「だめです」
「そんな殺生な」

 旦那さまはうなだれますが。駄目なものは駄目なんです。
 だって旦那さまも、銀司さんにお尻を見られたらお嫌でしょう?

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