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三章
46、眠っている琥太郎さん ※文子視点
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わたしが目覚めた時、室内はすでに薄暗く、少し開いた両開きの窓から涼しい風が吹きこんでいた。
ヒグラシの声、それに遠くからは波の音が聞こえる。
「そっか、海じゃなくて湖だったわ」
ぼんやりとした頭で上体を起こすと、足が動かないのに気づいたの。
え? どうしたのかしら。と思って太腿を触ろうとすると。
なんとそこには琥太郎さんの頭が。
「う、うっ」
「うわぁ、びっくりした」と声を上げそうになって、わたしは両手で口を押えた。
だって、琥太郎さんはとても安らかな表情で眠っていたんだもの。
わたしの腿を枕にして、だけど。
彼の眠りの邪魔をしないように、そっと明るい色の髪に指を触れる。
猫っ毛っていうのかしら。ふわふわで、柔らかい髪。
今度は勇気を出して、頭を撫でてみる。
うう、なんだか背徳感。
よく分からないけど、ヤクザの人って簡単に体に触れさせないような気がするから。こんな風に眠っているところを撫でるなんて、申し訳ないような気になるわ。
なら、やめればいいのに。それができないのは、琥太郎さんが起きていたら頭を撫でるなんて滅多に出来そうにないから。
飄々として大人びているのに。こうして眠っていると、まるで少年みたいにあどけないのね。
夕風が運ぶ森の香りと、琥太郎さんがつけていらっしゃる香草のようなグリーン系の香水の匂い。
ねぇ、あなたはどんな子どもだったの?
利発でお利口だと皆に褒められて。でもきっと……それを歯がゆく思っていたんじゃないかしら。
ヤクザのお家に生まれたからこそ、決して後ろ指を指されないように、幼い頃から自分を律したのかもしれないわ。
品行方正な小さい琥太郎さんは、すぐに想像がつくけれど。それは本当のあなたじゃないように思うの。
わたしは我儘を言って、高瀬先生を振りまわしているあなたが好きよ。
だって、とても自然なんですもの。
「……そのまま、ちゅーしてくれてもええで」
「え?」
「ほら、もうちょっと屈みこんで」
「起きていらしたの? いつから?」
「最初から」
嘘っ。なに、それ。
わたしが琥太郎さんを見つめて、しかも物思いに耽って、さらに頭を撫でたことまで全部知ってらしたの?
「夕方やけど、おはようのキスが無いと王子さまは目ぇ覚めへんねん」
「目覚めのキスはお姫さまのものです」
「じゃあ、今は私がお姫さまでええわ。文子さんが王子さまな」
そんな男女が逆転した童話はないです。多分。
「ほら、ここに。むちゅーって」と言いながら、琥太郎さんはご自分の唇を指さします。
ええ、もちろんわたしの腿からは頭を退けないままよ。
なんて我儘なの。
高瀬先生だけじゃなかったわ。わたしも存分に振り回されてるじゃないの。
「ほ、頬なら」
「あかんで。頬にちゅーやったらお姫さまは目ぇ覚めへんねん」
「起きてらっしゃるじゃないですか」
「あ、夕食の時間になってまう。はよ行かな」
急かされたわたしは、意を決して上体を屈めた。そして琥太郎さんの唇に触れたの。もちろん唇で。
「ついでに舌入れてもろてもええんやけど」
「お姫さまは、そんな不埒なことを要求しません」
「えー? そうかなぁ。白雪姫やったっけ。かなり激しいキスをせんと、毒リンゴのかけらは取れへんと思うんやけど」
「そもそもアレ、毒で仮死状態やのうて、誤飲とか誤嚥の類やんなぁ」と、ロマンチックな童話にあるまじき解説を琥太郎さんは始めた。
ええ、そうよ。きっと昔から琥太郎さんはこんな人だったのよ。
高瀬先生は、琥太郎さんをもっと邪険に扱っていいと思うわ。
ヒグラシの声、それに遠くからは波の音が聞こえる。
「そっか、海じゃなくて湖だったわ」
ぼんやりとした頭で上体を起こすと、足が動かないのに気づいたの。
え? どうしたのかしら。と思って太腿を触ろうとすると。
なんとそこには琥太郎さんの頭が。
「う、うっ」
「うわぁ、びっくりした」と声を上げそうになって、わたしは両手で口を押えた。
だって、琥太郎さんはとても安らかな表情で眠っていたんだもの。
わたしの腿を枕にして、だけど。
彼の眠りの邪魔をしないように、そっと明るい色の髪に指を触れる。
猫っ毛っていうのかしら。ふわふわで、柔らかい髪。
今度は勇気を出して、頭を撫でてみる。
うう、なんだか背徳感。
よく分からないけど、ヤクザの人って簡単に体に触れさせないような気がするから。こんな風に眠っているところを撫でるなんて、申し訳ないような気になるわ。
なら、やめればいいのに。それができないのは、琥太郎さんが起きていたら頭を撫でるなんて滅多に出来そうにないから。
飄々として大人びているのに。こうして眠っていると、まるで少年みたいにあどけないのね。
夕風が運ぶ森の香りと、琥太郎さんがつけていらっしゃる香草のようなグリーン系の香水の匂い。
ねぇ、あなたはどんな子どもだったの?
利発でお利口だと皆に褒められて。でもきっと……それを歯がゆく思っていたんじゃないかしら。
ヤクザのお家に生まれたからこそ、決して後ろ指を指されないように、幼い頃から自分を律したのかもしれないわ。
品行方正な小さい琥太郎さんは、すぐに想像がつくけれど。それは本当のあなたじゃないように思うの。
わたしは我儘を言って、高瀬先生を振りまわしているあなたが好きよ。
だって、とても自然なんですもの。
「……そのまま、ちゅーしてくれてもええで」
「え?」
「ほら、もうちょっと屈みこんで」
「起きていらしたの? いつから?」
「最初から」
嘘っ。なに、それ。
わたしが琥太郎さんを見つめて、しかも物思いに耽って、さらに頭を撫でたことまで全部知ってらしたの?
「夕方やけど、おはようのキスが無いと王子さまは目ぇ覚めへんねん」
「目覚めのキスはお姫さまのものです」
「じゃあ、今は私がお姫さまでええわ。文子さんが王子さまな」
そんな男女が逆転した童話はないです。多分。
「ほら、ここに。むちゅーって」と言いながら、琥太郎さんはご自分の唇を指さします。
ええ、もちろんわたしの腿からは頭を退けないままよ。
なんて我儘なの。
高瀬先生だけじゃなかったわ。わたしも存分に振り回されてるじゃないの。
「ほ、頬なら」
「あかんで。頬にちゅーやったらお姫さまは目ぇ覚めへんねん」
「起きてらっしゃるじゃないですか」
「あ、夕食の時間になってまう。はよ行かな」
急かされたわたしは、意を決して上体を屈めた。そして琥太郎さんの唇に触れたの。もちろん唇で。
「ついでに舌入れてもろてもええんやけど」
「お姫さまは、そんな不埒なことを要求しません」
「えー? そうかなぁ。白雪姫やったっけ。かなり激しいキスをせんと、毒リンゴのかけらは取れへんと思うんやけど」
「そもそもアレ、毒で仮死状態やのうて、誤飲とか誤嚥の類やんなぁ」と、ロマンチックな童話にあるまじき解説を琥太郎さんは始めた。
ええ、そうよ。きっと昔から琥太郎さんはこんな人だったのよ。
高瀬先生は、琥太郎さんをもっと邪険に扱っていいと思うわ。
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