【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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三章

47、ことづて

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 夕方になり、ホテルから遣いとやらがうちの別荘にやってきた。
 なーんか嫌な予感がするんだよな。

 俺は風呂の用意をして、階段を降りた。
 翠子さんは、エリスと遊んでいる。というかエリスで遊んでいる。
 どこまでエリスをまっすぐに(棒のように)伸ばして抱っこできるか、とかだ。
 
 俺がそんな風に抱き上げると、絶対に怒って引っ掻くくせに。
 翠子さんには何をされても、エリスは「構ってくれてうれしいですー」「わたし、もっともっと伸びますよ」とでもいう風に、まったく抵抗しない。

 君ね、ちょっとは反抗した方がいいよ。
 翠子さんに甘すぎだから。

 世の中の猫は、すべてエリスのように何でも受け入れてくれると思って、翠子さんがほかの猫に引っ掻かれたら可哀想だろ?

 玄関先から銀司が「旦那さま。琥太郎さまから伝言です」と、言ってくる。

「読まなくても分かるぞ。『欧之丞、明日空けとけ。二樂荘にらくそうに行くで』やろ?」
「なんで分かるんですか? 千里眼ですか」

 千里眼って、そういうのだったっけ?
 銀司は首を傾げるが、琥太兄とは長年の付き合いだ。そんなの、すぐに分かるさ。

 そう、琥太兄はとにかく人を引っ掻きまわすし、引っ張りまわす。
 二樂荘やったら、深山さんと二人で行けよと思うのだが。
 まぁ、翠子さんも深山さんと会いたいだろうから。ここは大人として我慢するか。

「翠子さん。風呂に入ろう、エリスは放っておきなさい」
「にゃーあ」

 ん? お前、そんなに好き放題されているのに。まだ翠子さんにもてあそばれたいのか。
 わりと被虐性のある奴みたいだ。もちろん、翠子さん限定で。

◇◇◇

 エリスったら甘えん坊ですから。わたくしから離れないんです。
 旦那さまに「お風呂に入ろう」と言われたのですけど。
 エリスも一緒に入れたらいいのに。ね?

 でも、猫はお水が嫌いなんですよね。残念です。

 浴衣や手拭いの用意をして、わたくしは階段を降ります。
 少し開いた窓からは、夕暮れの柔らかな茜色の光が差し込んでいます。

 階下に降りたところで、玄関先にいらした旦那さまに手招きされました。

「あー、明日。出かけることになった」
「牧場にですか?」
「これはまた唐突だな。翠子さん。牛を見たいのかい?」
「では、湖かしら」
「うん、ボートが気に入ったんだね」

 せっかくお出かけをするというのに。旦那さまは、浮かない表情です。
 わたくしは、心が弾んで仕方がないというのに。

 わたくしが持つ着替えや手拭いを持ってくださると、旦那さまは頭を掻いてぼそぼそと話しはじめました。

「えーと。残念なお知らせです。明日の外出は夏休みの宿題を片付けるのが主な目的です」
「え?」

 室内ですのに、外はよく晴れた夕焼けですのに。
 わたくしの頭上では雷が光り、激しい雷鳴が聞こえたのです。

「ど、どうしてですか? だってお裁縫は終わりましたよ。数学だって、別荘に来る前に終えました」
「うん、そうだな。だが、英語とか古文とか。他の教科は残っているんじゃないか」
「……そんな」

 わたくしは両手で顔を覆いました。
 ええ、ショックだったの。
 だって、お勉強をしに来たのではないんですもの。

「いや。数学以外を放置していた俺も、いけなかったと思うんだが」

 旦那さまの大きな手が、わたくしの頭に載せられました。
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