【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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四章

19、夕暮れのお風呂【2】※琥太郎視点

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 確か欧之丞が、化学の実験があった日やった。下宿に帰って来てから、妙に小難しい顔をしとったんや。

――どないしたん。悩みがあったら、琥太郎兄ちゃんに話してみ。

 食事のついとう下宿屋やから、私と欧之丞は食堂の机で向かい合っとった。
 その日の晩ご飯は何やったかなぁ。

――今日、実験の時に先輩が白衣に褌姿で廊下を走っとった。
――露出狂?

 うちの大学は変わり者が多いけど。もしかしたら大学の構外に出て、道を歩いとうお嬢さんの前で白衣の前をばーって広げるんやろか。
 いややなぁ、変態と同じ学生と思われたないわ。

 白衣に褌って、どう考えてもおかしいやろ。新聞に載ってしまうで。

――で、教授に「何をしとんや。ズボンなんか脱いで」と言われたら、先輩は慌てて褌まで外そうとしてた。
――それは……。

 私は絶句した。
 大学では学部で棟が違うから、欧之丞が何をしとんのかよう知らんけど。
 もしかして、結構すごいとこなん?
 はっ。まさか大きさを競うとか? えーっ、風呂でもないのに? 理科の学生って、引くわー。

――王水が足にかかったんだよ。露出狂じゃない。
――王水って何?

 私の質問に、欧之丞はコロッケに箸を伸ばして眉をひそめた。
 そうや、コロッケや。思い出した。

――琥太郎兄さんは、王水もご存じないのですか?

 心底馬鹿にしたような口調で、欧之丞が訊いてきた。あいつ、時々性格悪いよな。
 文科の人間には不要な知識やろ。

――王水っていうのは、金とか白金とか、ほとんどの金属を溶解する、濃塩酸と濃硝酸を混合した液体だ。ああ、紅玉も溶かすな。
――紅玉って宝石やろ。そうとう硬度あるで?
――硬さの問題じゃない。

 むっ。さっきの露出狂発言が気に入らんかったんかな。
 確かに、王水とやらが欧之丞の足にかかったら……あ、想像せんとこ。
 
――じゃあ、容器は溶けへんの?

 欧之丞の眉間の皺が深くなった。さすが「恐ろしの君」やで。

 あのなー。欧之丞は理科、文科どっちの科目もだいたいできるやろけど。世の中には得意科目に偏りのある人間もおるんやで?

――容器の硝子は曹達石灰硝子だから、組成がそもそも酸化物だ。だから、それ以上酸化しない。酸化ナトリウムと酸化カルシウムは単独なら酸に溶けるが、二酸化ケイ素は酸にも水にも溶けない。
 故に、容器である硝子は王水に溶けない。

 私は「はぁ」と適当に返事した。
 欧之丞の話は、時々難しすぎる。

 欧之丞は箸でコロッケを小さく割って、口に運んだ。
 子どもの頃は箸の使い方が下手やったのに。小さい頃に、うちの母さんが根気よく教えたからか、今は綺麗に箸が使える。

――硝子は溶けないが、先輩のズボンは王水に溶ける。すぐに水で足を洗わないと危ないんだ。

 それは何となく分かる。
 文科の棟と違て、理科の棟はなんでか風呂や、ハイカラなシャワーやらあるんや。
 実験で泊まり込みの時の為かと思とったけど。
 化学薬品は危険なんやな。

 紅玉の思い出やと思たけど、実際はあんまり紅玉は関係なかったな。
 私は面白くなって、ふふっと忍び笑いを洩らした。

 ちょうど夕食の時間やから、風呂場に人はおらへん。
 夕食の予約の時間を遅したから、文子さんも一人で入っとうやろ。

 さすがにあの傷は、あかんよな。
 綺麗な肌に……胸に、歯形を残してしまうやなんて。
 文子さんを前にすると、自分でも衝動が抑えられんで困るわ。
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