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四章
51、遅い夕食
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銀司に裏切られた翠子さんは、頬を膨らませて俺を見上げている。
もう子どもではないのだから、そういう表情はどうかと思うのだが。
ほら、銀司が申し訳なさそうに振り返ったじゃないか。
銀司は立ち止まって目を丸くしている。
そうだよな。彼にとっての翠子さんは上品なお嬢さんだからな。
まぁ、その認識は間違いではないのだが。
俺にとっての翠子さんは、なかなかに我儘なんだ。
言いたいことがあれば、意外とはっきりと言うし。外ではおとなしいんだけどなぁ。
ん? それって……翠子さんは俺には我儘を言えるほどに心を許しているということか。
己の頭に浮かんだ考えに、一瞬にして辺りが華やいだ薔薇色に染まった気がした。
というか、本当に一面に花が開いたように思えたんだ。
そうか、そうか。翠子さんは、俺にだけは甘えられるんだな。
「あの……どうしてわたくしは頭を撫でられているのでしょう」
「うん、翠子さんがいい子だからだよ」
「仰っている意味が分かりません」
少し困惑したように、翠子さんが伏し目がちになる。
いいんだ、無意識に俺に甘えているのだから。自分では分からないだろうな。
ふと、初めて出会った頃の幼い翠子さんの姿が、今の彼女に重なった。
あの頃から見れば、あなたはちゃんと成長したよ。
それでも内面は変わってない部分がある。
俺は、ほんのいっときしか幼い翠子さんと接していないが。
あの時は、子どもにどう対応していいか分からなかったものだ。
翠子さんが人懐っこい子だったから、よかったものの。もし人見知りの激しい子だったら、泣かせてしまっていたことだろう。
「俺も昔は人懐っこかったんだけどな」
「想像もつきません」
「ま、俺は大人だからな」
◇◇◇
ご自分を「大人」と仰る旦那さまは、実は子どもじみていることをご存じないようです。
仕方ありませんね。翠子は大人ですから、一歩引いてさしあげないと。
食堂に向かうと、薪ストーブにお鍋が掛けられていました。
もう秋も近いですし、山の夜は冷え込むので明々と燃えるストーブはとても温かいです。
「これは何のスープだ?」
旦那さまがお鍋の蓋を取ると、ふわっと湯気が立ちのぼります。
「わたくし、分かりますよ」
「え? そうなのか?」
お玉でお鍋の中をかきまぜる旦那さまは、小首をかしげていらっしゃいます。
「知っている匂いなんだがなぁ」
白いお皿に、旦那さまがスープをよそってくださいました。黄色いそのスープは、ぽってりとしています。
わたくしは、おにぎりと蒸し鶏、それからほうれんそうの胡麻和えをそれぞれの席に並べました。
「それは、お豆のスープなんですよ」
「ああ、匂いは確かにそうだな。だが、緑色をしていない」
「黄色いお豆を使っているんです」
食卓に並んだ料理を眺めながら、旦那さまは「洋風なんだか和風なんだか分からないな」と苦笑しました。
「お清さんは、別荘にいらしてドイツのお料理が得意になったんでしょうね」
「なるほど。だが夕食に酸っぱくてぼそぼそしたパンは食べたくない、と。これは和洋折衷というのか?」
端正な手つきでスープを召し上がる旦那さま。
わたくしもひとくちいただくと、豆の甘さと、そしてしょっぱい味が口いっぱいに広がりました。
「温かいものをいただくと、ほっとしますね」
「山はもう秋だからな。まだ街は夏の名残で暑いだろうが」
そうですね。この心地よい別荘を離れるのは、なんだか寂しい気分です。
もう子どもではないのだから、そういう表情はどうかと思うのだが。
ほら、銀司が申し訳なさそうに振り返ったじゃないか。
銀司は立ち止まって目を丸くしている。
そうだよな。彼にとっての翠子さんは上品なお嬢さんだからな。
まぁ、その認識は間違いではないのだが。
俺にとっての翠子さんは、なかなかに我儘なんだ。
言いたいことがあれば、意外とはっきりと言うし。外ではおとなしいんだけどなぁ。
ん? それって……翠子さんは俺には我儘を言えるほどに心を許しているということか。
己の頭に浮かんだ考えに、一瞬にして辺りが華やいだ薔薇色に染まった気がした。
というか、本当に一面に花が開いたように思えたんだ。
そうか、そうか。翠子さんは、俺にだけは甘えられるんだな。
「あの……どうしてわたくしは頭を撫でられているのでしょう」
「うん、翠子さんがいい子だからだよ」
「仰っている意味が分かりません」
少し困惑したように、翠子さんが伏し目がちになる。
いいんだ、無意識に俺に甘えているのだから。自分では分からないだろうな。
ふと、初めて出会った頃の幼い翠子さんの姿が、今の彼女に重なった。
あの頃から見れば、あなたはちゃんと成長したよ。
それでも内面は変わってない部分がある。
俺は、ほんのいっときしか幼い翠子さんと接していないが。
あの時は、子どもにどう対応していいか分からなかったものだ。
翠子さんが人懐っこい子だったから、よかったものの。もし人見知りの激しい子だったら、泣かせてしまっていたことだろう。
「俺も昔は人懐っこかったんだけどな」
「想像もつきません」
「ま、俺は大人だからな」
◇◇◇
ご自分を「大人」と仰る旦那さまは、実は子どもじみていることをご存じないようです。
仕方ありませんね。翠子は大人ですから、一歩引いてさしあげないと。
食堂に向かうと、薪ストーブにお鍋が掛けられていました。
もう秋も近いですし、山の夜は冷え込むので明々と燃えるストーブはとても温かいです。
「これは何のスープだ?」
旦那さまがお鍋の蓋を取ると、ふわっと湯気が立ちのぼります。
「わたくし、分かりますよ」
「え? そうなのか?」
お玉でお鍋の中をかきまぜる旦那さまは、小首をかしげていらっしゃいます。
「知っている匂いなんだがなぁ」
白いお皿に、旦那さまがスープをよそってくださいました。黄色いそのスープは、ぽってりとしています。
わたくしは、おにぎりと蒸し鶏、それからほうれんそうの胡麻和えをそれぞれの席に並べました。
「それは、お豆のスープなんですよ」
「ああ、匂いは確かにそうだな。だが、緑色をしていない」
「黄色いお豆を使っているんです」
食卓に並んだ料理を眺めながら、旦那さまは「洋風なんだか和風なんだか分からないな」と苦笑しました。
「お清さんは、別荘にいらしてドイツのお料理が得意になったんでしょうね」
「なるほど。だが夕食に酸っぱくてぼそぼそしたパンは食べたくない、と。これは和洋折衷というのか?」
端正な手つきでスープを召し上がる旦那さま。
わたくしもひとくちいただくと、豆の甘さと、そしてしょっぱい味が口いっぱいに広がりました。
「温かいものをいただくと、ほっとしますね」
「山はもう秋だからな。まだ街は夏の名残で暑いだろうが」
そうですね。この心地よい別荘を離れるのは、なんだか寂しい気分です。
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