【第ニ部】没落令嬢は今宵も甘く調教される

真風月花

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五章

4、肩掛け【1】※琥太郎視点

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 食後の水菓子に葡萄を食べた後、私と文子さんは料亭を出た。
 今度、鍋料理を食べる時は煮すぎんように気ぃつけよ。
 文子さんが相手やなかったら、ちゃんと一番美味しい時に食べられると思うんやけど。

「おうどん、おいしかったですね」
「うどん?」

 ホテルの廊下を歩きながら、文子さんが話しかけてきた。
 ああ、あれか。鍋の〆のうどんか。実はあれも煮込みすぎたんやけど。
 そうか、そうか。文子さんは柔らかい、味の浸みたうどんがすきなんか。
 自然と笑みがこぼれるのが、自分でも分かる。
 こうやって一緒に食事をしてたら、文子さんの嗜好がよう分かって嬉しいなぁ。

 私が階段を行き過ぎたので、文子さんが立ち止まった。

「あの。お部屋に戻らないんですか?」
「戻らへんでー。食後のお散歩や」

 ロビーの奥まった場所には、小さなバーが併設されている。昼間は誰もおらへんし、閑散としとうけど。
 夜になると紳士たちが酒を嗜んでる。
 さざ波のような、ほんのわずかな話し声が聞こえてきて。ああ、こういう落ち着いた雰囲気はええなぁ。

 けど、ほんのちょっぴりの梅酒で寝てしまう文子さんをつれてはいかれへんなぁ。

 仄かに漂ってくるのは、燻したウィスケの香りや。
 そういや欧之丞は、ヨードチンキみたいなくっさいウィスケを飲むよなぁ。
 私はああいう味はちょっと苦手やな。
 
――海の近くの醸造所で作っているから、こういう匂いがするんだ。
――はぁ、そうですか。
――琥太兄も飲んでみるか?
――いえ、結構でございます。

 丁寧に断ったのに、あいつは意地が悪いから「飲まないなら、匂いだけでも」とグラスを私の顔の近くに寄せたんや。
 性悪っ。あいつは私に対しては意地悪をすることに、まったくためらいがないんや。

 私が絶対に欧之丞のことを嫌わへんと知ってて、好き放題やってくる。
 そうや、私は小さい頃から欧之丞のお兄ちゃんやもん。嫌うわけがあらへん。それを存分に利用してくるから。

 ほんまにあいつは性質たちが悪いわ。
 あーあ、私は性格が良くて優しくて良かったわ。

 今度はふわっと焼酎の匂いが鼻をかすめた。
 ホテルのバーで焼酎? それも多分お湯割りや。頼む人がおるんやなぁ。

 私は芋焼酎の匂いも、ちょっとなぁ。酒は弱いわけやないんやけど。
 欧之丞のとこの南国ボーイ、銀司くんやったか。あの子も酒が強い上に、癖の強い酒が好きそうやな。
 あそこの家はどうなっとんや。翠子さんにとって環境はええんか?

 まぁ、ヤクザな家の私が言うんもどうかと思うけど。

 ドアボーイが開いてくれたドアから、外へと出る。
 ロビーは暖かい色の明かりが灯ってるけど、外はすでに闇に沈んでる。

 一気に冷えた風が流れ込んできて、文子さんが身を震わせた。

 その細い肩に、そっと肩掛けをはおらせてやる。
 
「え? わたし、肩掛けは持ってないですよ。というか、なんですか、これ。ものすごく肌触りがいいんですけど」
「せやろ。高原の夜は寒いからな。事前に用意しててん」

 それはごく細い糸で織られた肩掛けで、繊維の宝石とも呼ばれてるらしい。
 百貨店で買うた時は真夏やったから。あんまり、ぴんとこうへんかったけど。やっぱり買うといてよかった。

 淡い朱鷺色の肩掛けは、文子さんによう似合におとう。切り揃えた黒髪が、よく映えるし。
 うんうん、愛らしいなぁ。

 文子さんは肩掛けを手で触れて、そしてうっとりと瞼を閉じた。ホテルの周囲に篝火が焚かれとうから、橙色の光に照らされて、その表情はとても綺麗に見える。

「あの、済みません。こんな素晴らしい物をお借りして」

 えー、そう取る? ちゃうって、贈り物やって。
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